事例

「このままでいいの?」心の葛藤が続く新社長の決意

目次

  1. 順風満帆でなかった社長継承
  2. Excel と紙で属人化された業務に困惑
  3. 社長就任で IT 投資を決意するも頓挫
  4. FileMaker に移行すべきか、Excel で現状維持か――葛藤が続く
  5. 2019 年、iPhone 導入で勝負をかけた
  6. 年間 7,000 枚の紙を削減し、印刷をゼロに! …だけではない FileMaker 効果
  7. FileMaker 属人化を回避するため Claris パートナーと協業
  8. 失敗から学ぶことは多い。 失敗からうまくいくこともある

消防・防犯用設備の設置や保守点検を中心に、消防施設工事および電気通信工事を請け負う株式会社防災コンサルタント。北海道札幌市を拠点とする同社は、現在 40 名の社員を擁し、間もなく創業 50 年を迎える。

消防用設備等の点検と消防署への報告は、防火対象物の関係者(所有者・管理者)の法的義務で、特に消防用設備等については、消防設備士、消防設備点検資格者が対応する必要がある。同社ではそれらの資格や電気工事士、危険物取扱者などの関連資格を有するスタッフをそろえ、近年は、札幌市近郊の大型施設・マンション・医療機関を顧客に抱えて順調に業績を伸ばしている。特に、単身女性の住居の消防設備点検は女性社員が実施するなど、顧客ニーズにマッチしたサービスを提供しており、顧客からの評価も高い。

1. 順風満帆でなかった社長継承

中小企業庁によると、日本国内の中小企業の事業承継は喫緊の課題とされている。2025 年までに平均的な引退年齢とされる 70 歳を超える中小の経営者が 245 万人のうち 約半数が後継者未定であるとされている。防災コンサルタントもそのような企業の 1 つであった。創業から 43 年目の 2018 年、創業者の馬場 明美 氏の娘、馬場 暁子 氏が社長の地位を引き継ぎ、体制を新たにした。後継者として入社して 15 年目、社長を引き継いだ暁子氏は、後継者としての葛藤と IT 投資への思いを抱いていた。

「建設現場の工事や、消防・防犯設備の保守点検という事業は従来男性中心の職場であったことから、私が入社した当初は女性には現場の仕事ができないという意見も多く、同業者の会議に出てもあまり相手にされないことが多かったと記憶しています。年々会合を繰り返すうちに先輩経営者とも打ち解け、ようやく最近は応援のコメントもいただくようになりました。

社内でも“社長の娘”という扱いが抜けきらず、当初は先輩社員に対して気まずい思いをしたことも多くありました。現代ではこの業界に女性がいるのは当たり前の話ですが、入社当時は、女性不要論みたいな発言もありました。例えばマンションの点検の際、女性のお客様の『居室には女性スタッフに入ってもらいたい』という希望に沿えるよう女性社員を入社させようとしたら、社内で反対にあいました。

今では当然のサービスも開始当初は業界的に非常識で、『社長の娘が勝手な意見を出して批判される』というシーンは多々ありました。新たに、新入社員研修を始めるときも、『現場主義で育ってきた先輩社員からすると意見したくなる』といった状況も数多くありましたが、そのような衝突や失敗を糧に徐々に社員たちと打ち解けていき、2018 年に正式に社長に就任しました」

当時業界では珍しかった女性であること、また社長の娘であることが枷となり、社長継承が当初から順風満帆でなかった過去を暁子氏は振り返る。特に力を入れようとした IT 化については、父 明美 会長(当時社長)と何度も議論を繰り返し、ぶつかり合いが続いた。

2. Excel と紙で属人化された業務に困惑

団塊ジュニア世代である暁子氏の就職活動時期は、インターネットは黎明期。Windows 95 が発売され、社会全体が IT に目覚めていった時期だ。もちろん暁子氏もその流れに乗り、 IT の重要性を承知していた。その一方、建設や保守点検の現場は、依然として紙による事務処理を続けていた。そして 2004 年、父の希望で暁子氏は後継者として防災コンサルタントに入社する。入社した暁子氏が驚いたのは、大量の Excel ファイルと紙だった。

「当時、30 名の社員が毎日毎日、Excel ファイルを開いて、今日の現場の予定を印刷して持って出るんですよ。それだけでも、年間 7,000 枚。その Excel も 代々引き継がれて属人化されたファイルで共有もされておらず、見通しの悪い状態でした。Excel を見ると取引先は 1 万数千件あるのに、売上は 1 万数千件もない。ここは最初に変えるべきだと思いました。当時は顧客管理システムや営業システムなどの売り込みが多く、どれも初年度 300万円以上の投資が必要でした。しかし、当時の社長である父は IT など全く興味がなく、”どうせうまくいかない。お金が無駄になるだけだ” と首を縦に振ることはありませんでした」(暁子氏)

3.社長就任で IT 投資を決意するも頓挫

2018 年に暁子氏は社長を引き継ぎ、念願だった紙と属人化 Excel への依存にメスを入れる決意をする。「業務の効率化とデータ管理の改善を目指し、IT を使った業務の効率化に着手するため、いくつかの製品を比較しました。ですが、どこのソフトウェアメーカーのものも当社のような特殊な業種にマッチしておらず、防犯設備の保守点検と工事業務の効率化ができそうだという魅力的な提案がありませんでした。そんなとき、札幌市内の IT コーディネータ、イーズ・ラボラトリー の江田氏から FileMaker を紹介されました」

FileMaker の名前を初めて聞いたものの、やりたいことを機能別に判断していくうちに「これだ。自分の会社に合うシステムを作り、拡張していける FileMaker がいい」と暁子氏は確信する。早速、社長就任後の2018 年 4 月に FileMaker を購入、要件定義に入った。しかし開発プロジェクトの担当者が多忙を極め、体調不良も重なったこともあり、なかなか目に見える結果を出すことができず 1 年ほど延期された。

会長からは「それ、見たことか!」と言われ、社内のベテラン社員からも新たなシステム導入を疑問視する声が上がり始めた。

4. FileMaker に移行すべきか、Excel で現状維持か――葛藤が続く

ライセンス費用が年間 16 万円とはいえ、FileMaker を使わないまま社員が働いて稼いだお金を無駄にしてしまった。じくじたる思いで暁子氏は翌年度の更新をした。社員からは「なぜこれまで引き継がれ、慣れている Excel ファイルではいけないのですか?」 「フォルダを分ければいいじゃない」などの現状維持の声も上がった。正直、「もう Excel のままでいい」という気持ちが何度もよぎったが、進歩することが大切だと自分に言い聞かせながら、開発を進めた。「失敗したら取り返しがつかないかもしれない」というプレッシャーの下、どうやってスタートするのか悩んだ結果、まずは営業の行程表のところから着手することにした。

5. 2019 年、iPhone 導入で勝負をかけた

「iPhone 支給で、喜んでくれたら勝ちだと思いました。工事や建設の現場ではいわゆる “ガラケー” が一般的でしたが、個人で iPhone を利用している社員も多く、LINE などのアプリにも慣れていました。そこで江田氏の協力を得て FileMaker で物件詳細アプリと行程管理アプリを作成し iPhone アプリとしてリリースしました」と暁子氏。

物件検索・行程表・物件詳細画面。頻度の多い誤報などの履歴もiPhoneから追加でき、紙の報告書は不要になった2019 年、iPhone 導入で勝負をかけた

現場で紙を広げて見ていたのに、iPhone の画面をクリックするようになったことは面倒でなかったか、入社20 年のベテラン社員、保守部 小泉 圭亮 氏に尋ねると、

「まったくないですね。逆にむしろ物件情報が全部 iPhone で見られて、地図まで出てるんで、楽になりました。もう iPhone を使い始めて 5 年経ちますが、2019 年当時は周りの会社で iPhone 支給はあまりなく、うちの会社が先駆けでした。このアプリでかなり業務の効率が上がりました。昔は Excel データの最新版をコピーして印刷してその紙をシュレッダーする、ということの繰り返しで、それがなくなっただけでも時間削減されています。なによりも物件情報・顧客情報・行程表など欲しい情報に瞬時にアクセスできるので、業務効率は 130% 向上している実感があります」と語ってくれた。

6. 年間 7,000 枚の紙を削減し、印刷をゼロに! …だけではない FileMaker 効果

実は紙を使っていた頃は、印刷した行程表を現場など客先に忘れてきてしまった、といったこともあったという。他の顧客の情報が入っているため、車で往復して取りに戻る必要がある。さらに個人情報保護のため印刷した 7,000 枚をシュレッダーにかける日々。社員としても効率化向上を実感するのは当然だ。そして経営者としては、顧客の個人情報を暗号化されたデータベース上に保存でき、閲覧には iPhone の生体認証でログインするといった、FileMaker が通信とデータの秘匿性を担保できている点を高く評価している。

営業倉庫には顧客単位でまとめられた膨大なファイルが月ごとに保管されていた。架電の際は担当者がファイルの履歴を確認しながら行っていたが、現在はデータが全て iPhone に入っている

「FileMaker を導入したことでデータの一元管理が可能になり、必要な情報に迅速にアクセスできるようになりました。昔は 6 か月点検の際もファイルを見ながら物件担当者に電話していましたが、FileMaker になって自動的に対象データが一覧抽出されるので、営業の電話がかけやすくなったと現場の評価も上々です。

消防用設備等点検結果報告書作成システムでは ResPart(レスパート)という専門システムを 2 台使っていて、昔は Excel とレスパートが必須だったのが、今は FileMaker のみで検索も素早くできるようになりました。2022 年には FileMaker ライセンスをユーザ数の契約からサイトライセンス(全従業員)へ拡大し、社員40 名全員が iPhone や PC から FileMaker でアクセスできるようになっています。最近のアップデートで、業務プロセスの自動化により手作業が大幅に削減されて、業務効率が格段に向上しました」と暁子氏。

7. FileMaker 属人化を回避するため Claris パートナーと協業

Excel と紙に拘っていた現場が、たった数年で劇的に変化し、FileMaker によるアプリ改善は、暁子氏を飛び越えて直接 IT コーディネーターの江田氏に依頼されることも増えてきた。そこで新たに暁子氏が懸念を持ったのが、FileMaker アプリの属人化だ。現場のアイデアを取り入れながら、FileMaker による業務プロセスを自動化し、会社が効率化することは大歓迎で、社員が FileMaker を気に入ってくれたことの証である。しかし、社員個人から江田氏に依頼して機能が追加されるようになると、要不要が検討されないまま開発に至ったり、作られた機能が依頼した本人しか動作がわからなかったり、使われない機能が実装されたままになっているという問題が発生した。そうした反省から、暁子氏は Claris 認定パートナー DBPowers にシステムの点検と今後の拡張機能について相談した。また DBPowers 代表の有賀氏は、早速もうひとつの懸案であった電子帳簿保存法に沿うようなシステム改修にも着手した。

防災コンサルタントを支える DBPowers 有賀氏(左)、と IT コーディネータ 江田氏(右)に囲まれる馬場暁子社長

「FileMaker の場合、ベンダーロックインされることはありません。江田さんが多忙だったり、外部連携の専門知識が必要になる場合には当社が支援できます。防災コンサルタントの基幹業務システムである以上、開発が属人化しないようにリスク分散することは大切です」と有賀氏。

FileMaker の認定トレーナーでもある有賀氏は、公立千歳科学技術大学で UI(ユーザインターフェース)の講義を担当した経験から、次のように付け加える。「使いやすいアプリは、ユーザ全員がボタンを押した後の結果をイメージできます。ユーザごとに異なる結果が想像されるアプリは、使いづらいアプリということになります。つまり、何が起こるかわからないアプリは、その依頼した人だけのアプリになり、ボタンの属人化になってしまいます。アプリの属人化は、ボタンの属人化から始まりますので UI デザインは開発において最も大切で時間をかける必要があります」

DBPowers 有賀氏と今後の計画を話し合う暁子社長

8. 失敗から学ぶことは多い。 失敗からうまくいくこともある

父親から社長を引き継いで 5 年、間もなく創業 50 周年を迎える防災コンサルタントの今後について尋ねると、「何にでもチャレンジすることです」と暁子氏。「設備の保守点検と工事だけでなく、現在はネットワークカメラ設置などにもサービスを拡大していますが、最初はネットワークの IP アドレスから学び直しでした。このように新しいことに率先垂範で挑戦するのを見せることで、社員にも挑戦することを続けてほしいと思います。会社が倒産するような損失や人の命に関わるような失敗は許されないですが、失敗しても損がなければやってみればいい。今度は iPad を導入して見積書を iPad 上で作成できるようにします。さらに業務プロセスを可視化して、進捗保留や対応漏れを確実に無くすために FileMaker でさらに進化させていきたい」と語った。

【編集後記】

男性が多い業界で女性社長として活躍する馬場 暁子 氏。中小企業の経営者、これから事業継承の意思や予定のある方に何かアドバイスがあればと質問し、力強い信念が返ってくるのかと思いきや、意外な言葉が口から漏れた。「社長は孤独な役職だと思います。誰にも相談できないこともたくさんあるし、独りで乗り越えなければならないこともあります。不安も常にあります」と。「でも私が乗り越えられたパワーの源は、社員のことを心から好きになること。社員が少しでも早く帰れるようにするには? 社員の賞与が増えるためには? ということを考えたり、社員旅行を企画する時は社員の笑顔を想像しながら美味しいものを探す、というのも私の楽しみの一つです」と笑顔で答えてくれた。事業継承成功の極意は、システムによる透明性と社員とのコミュニケーションなのかもしれない。その絆の強化に FileMaker が一役買っていることが筆者としても嬉しい限りだ。