DX(デジタルトランスフォーメーション)は今や民間企業だけでなく、公的機関においても喫緊の事案となっている。茨城県つくば市は他の自治体に先駆けて業務のデジタル化を推進しており、“自治体 DX ” の旗手の一つとして全国で注目されている。そのつくば市では、Claris FileMaker を活用し、多様なシステムを開発して自治体業務の効率化に取り組んでいる。
“自治体ならでは” の課題…業務のデジタル化が急務に
日本百名山・筑波山の南に広がるつくば市。数多くの大学・研究機関を擁する「筑波研究学園都市」として名高いが、実は先進的な DX に取り組んでいるという観点からも注目の自治体である。その代表的な取り組みでもある、2017 年に始動したつくば公共サービス共創事業「つくばイノベーションスイッチ」は、公共サービスへの ICT 導入に向けつくば市を実証実験のフィールドとして民間事業者と共同研究を行うというものだ。この事業をきっかけに、同市は行政手続きをオンライン化する「書かない・待たない・行かないデジタル窓口」や、職員の業務負荷を軽減する RPA(ロボティックプロセスオートメーション)、AI-OCR(光学文字認識)の採用を進め、自治体 DX を加速させてきた。こうしたデジタル化への取り組みを推進する背景について、同市政策イノベーション部 情報政策課 課長補佐・総務省 地域情報化アドバイザーの三輪修平氏は次のように語る。
「2017 年当時から超高齢化社会の進展に起因する “2040 年問題” が叫ばれ、自治体でもデジタルでこなせる業務は自動化し、人にしかできない仕事に人的リソースを集中させる必要性を痛感していました」(三輪氏)
三輪氏は RPA の共同研究に携わるなど、つくば市における DX を現場から牽引し続ける立場にある。三輪氏は、自治体では 3 年程度のサイクルで人事異動が行われる慣習があり、RPA などを利用していた職員が他部署に異動すると元の部署では運用に支障が出るなど、ノウハウの蓄積・伝承やデジタルに強い人材育成に課題を感じていたという。
FileMaker が業務デジタル化の一翼を担う
そうした課題を受け、同市ではローコード開発ツールの FileMaker を活用して業務システムの内製化に取り組んできた。実は同市では、2004 年とかなり前から一部の部署で FileMaker を導入していた。市の ICT 運用を司る情報政策課が音頭を取って導入したのではなく、小回りが利かない市の基幹システムでは対応しきれない機能を補うため、必要に応じて各課の予算で入れていたそうだ。最初は人事課で、カードで処理していた業務を FileMaker に置き換えるという作業からスタートしたという。以降も税関連の部署などで FileMaker を活用するところが出てきたが、まだごく一部に限られていた。
情報システム部門に位置付けられる同課 業務改善推進係 係長 杉田和也氏は 2010 年頃、住民税を扱う部署に勤務しており、住民税の特別徴収の業務において FileMaker で内製したシステムを使っていた。杉田氏は「それまで FileMaker を触った経験はなかったのですが、制度改正対応なども職員だけで改修できました」と、その使用感を語る。 一方、三輪氏は固定資産税に関する部署で表計算ソフトを使い、関数を多用して業務に臨んでいた。「スプレッドシートの処理に苦労する職員が本当に多く、自動化すれば簡単な作業に何人もの職員が何日もかけて取り組んでいました」と三輪氏。このように、FileMaker を活用している部署とそうでない部署では、業務効率に差が生じていたという。後に同部署でも FileMaker を導入したことで、こうした作業がボタンのワンクリックで済むようになり、大幅な業務効率化を達成したそうだ。
FileMaker ならではの “使いやすさ” と “自由度の高さ” が現場業務に調和
その後、2019 年から庁内での FileMaker 横展開が本格的に始まった。三輪氏が総務部 ワークライフバランス推進課に異動した際、業務を RPA で行いたいとの要望が各部署から集まった。その際に、各部署の業務ごとに最適なツールを精査し、コストがかかる RPA を検討する以前に FileMaker でできることもあると判断した部署に対しては、FileMaker の推奨を行った。加えて FileMaker のライセンスをワークライフバランス推進課でまとめて購入し、使ってみたいと申し出があり、FileMaker が適していると判断した部署に割り当て、継続して使いたい場合は各部署での予算化を促す形で展開していった。
杉田氏は FileMaker の利点として、先の RPA と比較したコストの低さに加えて、“使いやすさ”を挙げる。
「住民のデータベースを利用する際、スプレッドシートでは扱えないような膨大な行数も FileMaker なら余裕で扱えたことは大きかったですね。また、表計算ソフトの場合は関数が組まれていて、たとえば 1 行増やすだけで計算式が壊れてしまうことがありますが、FileMaker なら(ユーザには計算式を触れないようにしておくことで)そのようなことが起きないのも大事なポイントです」 (杉田氏)
ただ、FileMaker は自由度が高く、“何でもできる”からこそ、現場の誰もが使いこなすためには、基本的な構造を理解してもらうことが必要だった。「使い慣れれば簡単ですが、慣れるまでには習熟も必要なので、横展開を図る上ではその点に留意しました」と三輪氏。まずは FileMaker の良さと便利さを理解できる職員を各部署で探し、FileMaker の公式テキストや市販の解説書を渡していった。それぞれの部署で適切に扱える人材さえ見つけられれば、そこから先の横展開はそれほど苦労を感じなかったと話す。また三輪氏は、現場が“やらされている感”を覚えないように意識したという。
「やらされている感があると、“現場をわかっていないくせに”という声が必ず出て、現場も DX を推進する私たちも不幸になります。現場の人たちが自分事として取り入れるように、とにかく現場を盛り上げることを意識して、FileMaker 導入によって現場がどう変わり、どのようなメリットがあるのかをしっかり説明するよう心がけました」(三輪氏)
現場の声を反映したシステムの開発で、面倒な作業を自動化し大幅に効率化
市役所内で FileMaker の活用が少しずつ広がり始めた 2020 年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生する。その翌年の 2021 年、さらなる感染拡大に備えて市長が市独自の PCR 検査を 2 週間後から実施すると表明。その時、急きょ三輪氏が在籍する、当時業務改善を担っていたワークライフバランス推進課に PCR 検査予約サイトを制作するミッションが課せられた。
当時、コロナ対応で同課からも他部署に応援として派遣される職員がいたため、実質的に三輪氏とその年の春に入った新入職員の 2 人体制で動いていたという。三輪氏はまず、他課が別の業務に使っていた Web 予約システムと同じサービスを PCR 検査予約用にも採用し、そのうえで、PCR 検査業者とのデータの受け渡しと、予約した市民に結果を通知するシステムを FileMaker で構築した。 システムの中身は、予約サイトからエクスポートした CSV 形式のリストに FileMaker で申込者の ID とよみがなを付し、それを PCR 検査業者に渡す。検査後にその結果と ID を紐づけて、通知する文章を自動で PDF 化し、RPA を介してメーラーのシステムから CSV のリストにあるメールアドレス宛てに送付するというものだ。驚くべきことに、このシステムはもともと IT の知識を持たず、FileMaker 開発未経験で触り始めたばかりの新人職員が、解説書を参考に 2 日とかからず作ってしまったのだという。 さらに、稼働を始めた同システムに対する現場からの苦情はほとんどなく、市の PCR 検査を裏方として支えることとなった。少ない人数で業務に当たっていた検査担当部署では、このシステムにより複雑な処理がボタン一つでこなせるようになったため、作業は大きく効率化された。
FileMaker で作り上げたシステムは、これだけではない。例えば、2021 年に始まった新型コロナのワクチン接種に際し、市民の個人特定に用いる個人台帳システムも内製されたものだ。
「ワクチン接種の初年度はまだ問診票を紙で受け取らなければならず、それを一度 AI-OCR にかけ、データに起こしてから国の管理システムに入力していました。このときに必須である個人特定の作業に時間がかかるため、なんとか高速化できないかという相談受け、瞬時に特定が行えるシステムを開発しました」(三輪氏)
ほかにも、業務用端末の管理台帳システム、住民基本台帳関連の機器に不正な機器が接続されていないか日々のチェックを記録するシステムなどが FileMaker で内製され、職員の業務効率化に一役買っている。「どれも以前は面倒な手作業を要していたものだったので、システムを内製したことによって運用管理はだいぶ楽になっています」と杉田氏も評価する。
市民サービス向上も視野に、FileMaker を活用したさらなるデジタル変革を目指す
部署を横断した FileMaker の活用が広がりを見せてから 5 年ほど経った今、FileMaker に興味を持つ職員が増えている実感があると三輪氏は言う。その理由の一つとして、2024 年 9 月と10 月に Claris の協力を得て庁内で FileMaker 体験セミナーを開催すると発表し参加者を募ったところ、各回 25 名の定員がすぐに埋まったことが挙げられる。セミナーは好評で、追加開催が決定したという。
「任意参加の研修会にこれほどの職員が関心を示すのは、やはり地道に FileMaker の説明を続けてきた成果だと考えています。現段階ではまだ DX の入り口ともいえるデジタル化に着手したところです。これからはさらに FileMaker を活用して職員業務の劇的な効率化と、市民へのサービス向上も視野に入れた真の DX に向け、少しずつ進んでいきたいです」(三輪氏)
杉田氏が係長を務める業務改善推進係で、文字通り職員の業務効率化に従事する加藤遼一氏は、2023 年度に同係に着任した。以前の課では FileMaker で内製したシステムを使う側であり、同係に来て初めて開発する側になった。現在のところは、前出の端末管理台帳など既存システムの整備を中心に担っているという。
「開発する立場としては、FileMaker は小回りが利き、自分で作りたいように作れることや、簡単に共有できることから、非常に使い勝手の良いツールであると感じています。今は既存システムの改修が中心ですが、すでに現場からはこういったシステムが作れないかといった相談を受けており、今後はそうしたシステムをイチから作り、職員の業務効率化に貢献していきたいと思っています」(加藤氏)
これまで内製したシステムのほとんどは、庁内事務の効率化を目的としたものである。杉田氏は「現状では情報保護の観点から自治体の業務環境は直接インターネットに接続できないのですが、今後セキュリティを担保したうえでインターネット接続環境にグループウェアなどを移行できれば、市民向けに直接展開できるサービスを FileMaker で構築することも可能になります。そこはぜひチャレンジしてみたいですね」と、これからの可能性に期待感を示した。
最後に三輪氏は、つくば市のシステム内製の成功体験を受け、FileMaker による開発を他自治体にも勧めたいと語った。
「システムを簡単に開発できるのはもちろん、自治体特有の異動に際しても FileMaker なら引き継ぎが簡単です。今後、自治体の20業務が標準化されていくなかで、システムが標準仕様になるとこれまで使いやすかったものが使いにくくなる可能性も出てきます。その使いにくくなる部分や、自治体ごとに個別最適化を図りたい部分で FileMaker を活用し、便利にしていけばよいのではないでしょうか」(三輪氏)
“真の DX” に向けて着実に歩みを続ける、つくば市。FileMaker がその取り組みを支えるフィールドもさらに広がっていきそうだ。
*本記事は 2024 年 11 月 6 日に TECH+「企業 IT チャンネル」に掲載された記事を転載しています。