お客様事例

霧島酒造株式会社

次の 100 年を見据えた霧島酒造の DX 戦略 – グリーンエネルギー本部から広がった現場主導のアプリ開発

世の酒好きであれば、「黒霧島」の名前を聞いたことがないという人はおそらくいないだろう。そんな「黒霧島」をはじめとするさまざまな本格焼酎を製造しているのが、宮崎県都城市に本社を置く霧島酒造だ。同社は事業継続と新しい価値のある商品づくりに向けた変革の必要性から、2021 年より独自の方針を立てて DX への取り組みを開始した。一部署での採用をきっかけに多くの部署でローコードツール、Claris FileMaker の導入が広がり、業務のデジタル化を推進している。

デジタル化の遅れを認識し、DX “3 本の矢” に着手

1916 年創業、100 年以上の歴史を誇る焼酎メーカー、霧島酒造。主力商品の「黒霧島」は国内外で愛される芋焼酎として知られ、年間の焼酎製造量は一升瓶換算で約 5000 万本(9000 万リットル)に上る。

霧島酒造では、原料となる九州産さつまいもを 1 日約 400 トン、国産米を 80 トン、そして焼酎の製造に欠かせない霧島連山から湧き出るまろやかな口当たりの*霧島裂罅水(きりしまれっかすい)を用いて味わい深い焼酎を生み出している。その製造過程では、副産物として焼酎粕が 1 日 800 トン以上発生する。この焼酎粕を再利用し、バイオガスや電力として活用することで、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを行っている。

* 霧島裂罅水:霧島連山に降った雨が、シラス層や火山灰土壌を通りながら数十年の歳月をかけて自然とろ過され、都城盆地の地下深くに蓄えられた水。適度なミネラルを含み、酵母菌の発酵に最適な条件を備えている。

近年、同社の業績は好調であったものの、ライフスタイルの変化による市場縮小などの外的環境の変化から、社内で「未来を創るための変革が必要だ」との声が高まっていた。

2021 年の社内アンケートでは、業務のデジタル化の遅れが顕在化。そこで同年、3 つの DX の柱「あじわい DX」(製販プロセスの変革)、「くつろぎ DX」(顧客体験の向上)、「ひとづくり DX」(従業員体験の向上)を策定し、2022 年 4 月に DX 推進本部を設立した。

霧島酒造の焼酎粕リサイクルプラント

すべては現場発の業務変革ニーズから始まった

DX 推進本部設立と同時期、焼酎粕リサイクルプラントを管轄するグリーンエネルギー(GE)本部が、FileMaker と iPad を活用して機械整備報告書のデジタル化を試みた。導入を提案した GE 本部 設備保全課 栗山 修平氏は、その経緯を次のように話す。

「プラントの機械整備は週 2 日、多いときは 4 日行うこともあります。従来は、現場で紙に手書きしたデータを Excel ファイルに転記し、撮影した写真もファイルにまとめていましたが、転記ミスや入力漏れがあったり、手間を嫌って写真保存が行われないケースもありました」(栗山氏)

霧島酒造株式会社 グリーンエネルギー本部 設備保全課 栗山 修平氏

「現場でリアルタイムに報告書を作成する方法はないか」と考えた栗山氏は、そのアイデアを実現するツール探しを始めた。いくつかのノーコード・ローコード開発ツールを比較検討した結果、操作性やコストパフォーマンス、内製化のしやすさ、拡張性を評価し、FileMaker を選定した。

まずは部内の 2 人でアプリを開発し、徐々に拡大化

初めは GE 本部内で栗山氏 1 人が FileMaker 無料評価版を用いて開発に着手。報告書のデジタル化に使えると確信した段階で、同部署からもう 1 人を加え、2 人でアプリ開発を進めた。

「最初はインターネット上のさまざまな FileMaker 教材を参考に、手探りで報告書作成アプリを開発しました。シンプルなアプリだったので、直感的に設計でき、簡単に開発できたと思います」と当時を振り返る栗山氏。その後、現場社員から立て続けにアプリ開発の要望が上がってくる。

「プラント運用など、毎日 3 回行う点検の記録アプリ開発にも着手しました。ただ、最初は『紙ベースのものをそのまま電子化してくれればいい』と現場から望まれていたのですが、自分たちで作ってみると画面が縦長になり、タグ機能などの FileMaker の長所を活かすことができませんでした。そこで、都城市に拠点がある Claris パートナーの株式会社サポータスへ相談しました」(栗山氏)

実現したい案件をリスト化し、2022 年 10 月からサポータスの技術支援を受けながら、自らも手を動かして日報や点検記録のアプリの構築に取り組んだ。現場で使ってもらい、そのフィードバックを得て UI などの改善を重ねるアジャイル方式での開発だった。

開発したアプリ「プラント日報/機器点検記録表」

そうしてできたアプリのおかげで報告書作成業務は、iPad や iPhone で撮影した写真を直接登録し、現場で iPad にデータを入力するだけで済むようになった。転記作業にかかわるミスや入力漏れがなくなったうえ、作業工数も約 25 %削減した。異常値に関しては、しきい値を逸脱したフィールドに色付けすることで問題の早期発見につながるようになった。また、記録の確認依頼を行うメール送信機能を実装し、連絡ミスも低減した。

iPad から直接撮影でき、関連レコードに保存されるため入力や検索もしやすくなった

さらに、入力と押印を電子化したことで、製造ラインに紙やペン、印鑑を持ち込む必要がなくなった。異物混入リスクを回避し、「FSSC22000(食品安全マネジメントシステムに関する国際規格)」の認証取得につながったことも大きな成果だと栗山氏は言う。

なにより、膨大な紙帳票を使う必要がなくなった。ペーパーレス化と高い検索性も実現して、多くの業務がスムーズになったと栗山氏は語る。

以前は膨大な紙への記録と処理に大半の時間を割いていた

実際に現場で iPad を利用するグリーンエネルギー本部の丸野 貴充氏は、「安定的なエネルギー供給と安全のために、 巡視点検は重要な業務です。紙から iPad になったことで、その点検にかかる入力や報告業務を効率化することができています。異常が発生した場合の情報の共有も、記録を見ながらリアルタイムで会話ができるようになりましたので、報告や相談も素早くできるようになりました。過去のデータを iPad からその場で見返すことができるのは、多くの機器がある現場では、とても効率的です」と語る。

FileMaker 活用を DX 推進部門に提案し全社展開へ

2022 年の終わり頃、栗山氏は「FileMaker 活用による業務デジタル化を全社に展開してはどうか」と DX 推進本部に提案した。その提案を受けたのが、ちょうどその時期に同本部へ異動した財津 将平氏だ。

「まずは製販プロセスの変革という『あじわい DX』の部分で、現場発の FileMaker アプリは現場のデータをつなげていくツールとしてふさわしい」と考えた財津氏は、全社展開に着手。財津氏は「会社としても各部署でツールが乱立する状況は避けたかったので、FileMaker の展開は、まさにありがたい提案でした」と振り返る。

霧島酒造株式会社 DX 推進本部 財津 将平氏

そして 2023 年 4 月から、希望する部署に FileMaker を導入した。当初は計 56 ライセンスでアプリの開発と運用が始まった。導入部署にはハンズオン形式の勉強会を実施し、栗山氏も積極的に指導役を担った。その結果、現在は製造や酒質管理、ボトリング、品質保証、SCM(サプライチェーンマネジメント)など 10 を超える部署で利用が進み、1 年後にはライセンスを 100 に増強。現在では、FileMaker を利用する社員は全社員約 640 人の半数にのぼるという。開発に携わる社員も約 30 人に増え、全社で DX に取り組む文化が着実に浸透している様子が伺える。

「社内では FileMaker 以外にもツールを導入していますが、FileMaker ならではの簡単な操作性に加え、目に見えて業務効率化が進んでいることが分かることから、どの部署でも積極的に活用している印象です」と財津氏。

実際に各部署で成果が現れ、データ連携等も始まっている。

酒質管理部では検定酒評価を iPhone で入力している

自然の恵みを大切にする取り組みでも FileMaker を活用

霧島酒造が質の高い焼酎を生み出すことができるのは、九州各地から届けられる新鮮なさつまいもや霧島裂罅水などの原料によって支えられているからだ。発酵したもろみを蒸留したあとに残る焼酎粕の 9 割は水分で、搬入したさつまいもの約 2 倍の焼酎粕が製造工程で発生する。

「焼酎粕の廃液は、環境に配慮して安全できれいな状態にしてから下水処理施設へ送っており、この検査記録の過程でも、FileMaker と iPad を活用しています。記録媒体を紙から FileMaker に移行したことで、データの検索や過去のデータの比較・分析が容易にできるようになりました」(丸野氏)

実際の検査時の様子

ほかにも、同社は焼酎製造工程で出る副産物からバイオガス(メタンガス)を生み出し、焼酎製造工場の燃料として利用している。また、バイオガスを電力へと変換する施設を設置し、発生した電力を電力会社に提供する発電事業なども行っている。

「霧島酒造では、焼酎粕や芋くずを利用して生成したバイオガスを電力に変換し、その電力を電気自動車に充電し、社用車として利用しています。さつまいもで車が走る。グリーンエネルギーのプロジェクトが立ち上がる前は想像もしていなかったことです」(DX 推進本部 大久保 昌博氏)

サツマイモ発電の電力で走る社用車『さつまいも EV e-imo』

霧島酒造ではバイオガスから生成した電気を工場内で利用するだけでなく、電力会社に売電するなど環境に配慮した活動にも積極的に取り組む。

霧島酒造株式会社 DX 推進本部 大久保 昌博氏

霧島酒造は、2030 年までにさつまいも由来のエネルギーを基本に工場・事務所の CO2 排出量ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指している。気候変動対策と自然環境の保全は、焼酎の製造、販売だけではなく、環境を守りながら地域社会に貢献する霧島酒造として大切な経営課題だ。

「100 年以上続く焼酎メーカーとして、次の 100 年も続くためには、小さな成功を積み重ね伝承していくことです。バイオテクノロジーの分野でも、デジタルの分野においても 小さな成功 "Quick Win” を続けていくこと、そして変化を恐れず、新しいことにチャレンジしていくことが大切だと思います」(大久保氏)

次の世代へ引き継ぐために自然の恵みを大切にした焼酎造りを行い、持続可能な社会の実現を目指す。その実現を支える DX 戦略――。霧島酒造の取り組みは、まさに多くの企業が倣うべき活動なのではないだろうか。

*本記事は 2025 年 3 月 27 日に TECH+「企業 IT チャンネル」に掲載された記事を転載しています。