1995 年に日本国内でサービスを開始した PHS 事業は 2021 年現在、一部のエリアを除いて既にサービスが終了となり、現在 PHS 端末は、内線として利用している病院など一部の限られた施設内での利用が主となっている。既に生産も中止されて故障時の代替品もなくなりつつあることから、日本国内の多くの医療機関ではiPhone への切替が進んでいる。岐阜県にある松波総合病院も 2021 年に iPhone 800 台を導入。さらに新型コロナウイルス感染症の拡大による一般入院患者の面会制限に伴い、iPad を追加導入しFaceTime による家族とのオンライン面会を行っている。
医療現場で iPhone 800 台を導入した理由
社会医療法人蘇西厚生会 松波総合病院は、昭和 8 年(1933年)に開設以来、24 時間対応の救急医療や高度な先進医療だけでなく、急性期医療に対応、手術室 8 室、ヘリポートも備えた災害時の医療拠点として、患者の受け入れを行なっている。同時に、介護老人保健施設やリハビリテーション施設、地域包括ケア病棟など、慢性期、回復期病棟の運営も行っており、まさに地域の中核病院としての機能を担っている。
同法人の建物は、北館・南館、まつなみ健康増進クリニックなどを合わせると、敷地面積 2.4 万㎡、延床面積 4万㎡ を超え、東京ドーム約 1 個分の大きさに相当。病床数 : 501 床、職員数:1,200 名、診療科:36 と 県内で最大規模の民間病院である。
松波総合病院では NEC の電子カルテシステム MegaOakHR を導入しているかたわら、Claris FileMaker で構築した CSS(Clinical Support System)を運用。医療者の業務を効率化し、かつストレスなく臨床業務を行えるツールとして FileMaker を活用している。
同病院の院長 松波和寿氏は、
「診療に集中するため、医師自らが書類作成時間を短縮する工夫ができるのが、FileMaker を利用し続けている理由です。さらに iOS デバイスを院内で活用することができる FileMaker Go の存在があり、各診療科でも iPad や iPod touch を患部の写真撮影などに利用してきました。iOS 上で撮影した画像を電子カルテに保存できますので、PHS の入替えにあたっては、iPhone 以外の選択肢はありませんでしたね」と導入経緯を振り返る。
iPhone + FileMaker が最高のタッグ
同病院の総合内科 傍島 卓也 医師は、病院内での情報共有の変化について次のように説明する。
「 iPhone や iPad で撮影した画像を FileMaker Server にアップロードして院内で共有することで便利になりました。例えば、皮膚の状態や、血管、目、口の中などの病変を文章で細かく書いても、共有できる情報量には限界があります。文章で伝えきれない患者さんの歩き方や、震えなどは、動画に撮って保存することでテキストベースの情報とは比べ物にならない情報量を共有できるようになりました。保存した映像は、別のフロアにいる専門医にすぐに見てもらえるので適切なアドバイスももらえます。他にも、動画を撮影することにより、リハビリ状況を動画でご家族に共有でき、こんなに歩けるようになったという状態を以前と比較して見てもらえるので、患者さんのモチベーションアップに繋がりますし、ご家族にも喜んでもらっています。
また、ベッドマップも iPad からアクセスでき、病棟単位でのベッドの空き状況もすぐにわかるので、次の新しい患者さんをどこに入れるのかコントロールもしやすくなりました。」
さらに松波総合病院における医師としての FileMaker 体験を次のように語る。
「医療の進歩とともに、疾患を説明するための説明書や同意書も新しくなるのですが、他の病院はリクエストしても反映までには何日もかかってました。場合によっては医師が文書管理ソフトで作成していました。松波総合病院では、FMD センターに帳票をリクエストしたら即日反映されましたので驚きました。」
FMD センターとは、院内の業務を効率化する組織 FileMaker Development センター の略称で、現在 3 名が所属している。新型コロナウイルスの職域ワクチン接種では、Claris Connect と IoTを活用した温度管理でワクチンの保存状態を監視するシステムが運用されているが、これを運用しているのも FMDセンターの活躍によるものだ。
勤怠管理もペーパーレス化
医療機関の勤務体系は特殊で、出勤・退勤・休憩・残業だけでなく、日直・当直・待機・休日出勤・学会参加などもある。そのため一般的なタイムカードシステムは使えず、これまで紙で管理されていた。1 か月分の紙を積み上げると高さ 15cm にも及んだという。適正な勤務状況を把握、管理するには紙での運用では限界があり、今回の iPhone 導入を機に FileMaker Go のカスタム App へと切り替えた。さらに、内線電話を利用するにあたり、職員の電話帳の管理を iPhone の標準機能ではなく、院内内線に特化して利用できるよう、FileMakerGo のカスタム App の中に内線電話帳機能を埋め込んだ。これにより職員の入職・退職、部署異動に伴う変更作業などで発生する電話帳の更新も FileMaker で一括で行なえるようになり、管理の手間を削減できるようになった。
開発を主導した FMD センター開発チームの深澤真吾氏は、
「ただ PHS から iPhone に切り替えるだけで終わってしまうのはもったいないです。音声端末からデータ端末に変わったので現場では大きな変化が起きています。例えば、PHS では音声通話のみだったので、都合が悪いと出られないという問題がありましたが、iPhone であればメッセージを送っておけば後で確認もできますし、一斉通知も可能です。他にも医療現場では投薬確認のための PDA(Personal Digital Assistant : スケジュールや ToDo などを管理する個人向けの情報端末)なども併用していましたが、これも iPhone に置き換わっています。FileMaker であれば 必要な機能をアプリとして追加して進化させられるので、新しい意見をどんどん反映して医療現場をもっと効率化していきたいですね」と今後の抱負を語った。
テクノロジーは魔法ではない。最も大切なのは人です。
最後に松波院長に 今後の抱負についてお伺いしました。
「今、世の中はとても早いスピードで変化し、情報は刻々と変わっています。医療でも高度先進的 IT 技術を日常診療に取り入れる体制が必要だと認識しています。近年、国民の医療に対する期待はますます向上し、求められる医療サービスは高度になっています。一方で、日本は現在世界に類を見ない少子高齢化社会を迎えようとしています。医療の質を下げずに、高い医療サービスを提供するにはマンパワーに頼ることは今後できなくなります。これを解決するのは、IT の活用に尽きると思います。当院は、FileMaker というテクノロジーを導入して多くの院内アプリケーションが動き、日々の診療を支えています。ただ PHS から iPhone に切り替えただけでは、イノベーションは起こせません。現場の新しい意見を吸い上げて、それを実現するために動く組織づくりが重要です。
FileMaker というテクノロジーは非常に強力なツールですが、テクノロジーというのは魔法ではありません。テクノロジー単体で医療現場の変革は実現しません。医療現場に最も大切なのは人です。一番大事なのはそれを使う人、開発する人、そして理解する人だと思います。
医療機器や IT システムなどの テクノロジーはこれからも発展を続けると思いますが、その価値を最大化させるのはやはり人です。良い人材を育成し、地域の中核を担う病院として、医療従事者も、それを支える IT 部門のメンバーも組織が一丸となって、誇りを持って働ける病院となり、患者様に選ばれる病院、地域に貢献できる病院となるよう、これからも終わりなき改善を続けていきたいと思います。」