ここにしかない景観や食事を提供する温泉リゾート山人-yamado-。アジャイル開発によってカスタマイズしたシステム導入を進めて、業務効率化に成功しました。その経緯や現在の実情、これからの展望について支配人の佐々木さんにお聞きしました。
複雑な宿泊業の情報管理に、カスタマイズしたシステムを。
生まれ育った岩手県西和賀町という豪雪地帯で、温泉リゾート旅館「山人-yamado-」の支配人として勤務しています。 2009 年にオープンしたこの旅館は、源泉掛け流しの温泉や、季節によって姿を変える美しい自然、地元特産の素材を使用した食事を満喫できる宿として、多くの方々に楽しんでいただいています。
宿泊・ホテル業は、お客様の宿泊予約から、食事、支払い、チェックイン・チェックアウトなどあらゆる項目が連動し、常時変化しているため、実は業務の質、量ともに管理が難しいものです。
私が入社した頃は、煩雑でアナログな業務が非常に多かったです。当時は市販の管理システムを使用していたのですが、IT になじみがない旅館向けに作られたシステムだったため、かえって使いづらさを感じていました。外部のサービスと連携できない閉じた仕様だったり、UI に工夫がなく、使い勝手の悪いもので、システムの限界がサービス品質の限界になってしまっている、という状況でした。ただ、代替のものを探すにも、全てに対して理想的な市販のシステムがあるわけでもなく、それならいっそのこと自分で開発してしまおうと思い立ちました。
当時、施設のフロントデスクには MacBook を置いていたのですが、利用していたホテルシステムは Windows 専用だったため、MacBook に Windows を入れて無理やり動かしていました。将来的には社内で複数のタブレット端末を利用するようになることを見越し、Mac ネイティブで、かつ Windows にも対応できるモダンなシステムを、と探していたとき、 FileMaker に出会いました。当然、別のシステムとも比較検討しましたが、FileMaker の使いやすい UI が特に気に入り、導入を決めました。業務時間内は本来の仕事がありますので、業務終了後や休日を使って黙々と開発。ひとりで行っていたので、現場に入れるまでに 2 〜 3 年かかってしまいましたが、なんとか運用までこぎつけることができました。
システム開発のモチベーションは、周囲の喜ぶ顔。
苦労して開発した甲斐もあり、現在は基幹業務である部屋の予約・空室・料金管理から、チェックイン・アウトや食事に関する情報をはじめとした滞在時の管理、精算管理、施設管理だけでなく、従業員名簿や採用管理など、社内のあらゆる業務に活用しています。また「LINE WORKS」と連携してお客様情報を即座に共有し、仕入れに活かすなど、連絡ツールとしても利用しています。
FileMaker はアジャイル開発ができるので、実際に運用しながら、その都度改良していけるのがいいですね。あまりにも大きな変更を急にすると現場が混乱するため、デザインはあえて以前使っていたシステムに似せてつくっており、様子を見て少しずつ改良しています。おかげで、各業務あたりの作業工数を大きく圧縮できただけでなく、それによって生まれた時間を、お客様の対応や、サービスの品質のさらなる向上につなげています。実際にお問い合わせの際などは、お客様のために把握するべき情報をすぐに参照できるので、お褒めの声をいただくことも増えました。
手作業が減り、本来したいこと、付加価値向上のための創造的な仕事に使える時間が増えたので、スタッフにも喜ばれています。
お客様にお渡しする館内パンフレットには、他のサービスと連携させて日の出、日の入りの時刻を印字。貸し切り風呂の予約時間や食事の時間、チェックアウト時刻といった、お客様ごとに異なる情報も自動で出力して、お客様ごとにカスタマイズされたものをお渡ししています。こういったサービス自体は、もともと従業員のアイデアから生まれました。以前はスタッフが毎日自分で調べて手書きしていましたが、今では自動で印字されるのでサービスはそのままに、業務時間を減らすことができています。
また、あるリピーターのお客様の顧客情報、とりわけ、過去の対応記録が膨大になり、PC やタブレット端末でそれらの情報を把握しようとすると、かえって情報を整理しづらい、ということがあったので、ボタンひとつで「顧客マスタ情報と、その顧客の過去の宿泊情報をまとめて冊子にする」という機能を実装しています。
ただやみくもにペーパーレス化を進めるのではなく、業務品質の向上に資する情報整理のための紙の出力は、積極的に行うことにしています。
今でこそ、システム化の成果が目に見えるカタチになっているのでほっとしていますが、正直ひとりで開発するのは、大変です。それでもやろうと思えるモチベーションは、社内外の皆さんに喜んでいただけること。
旅館で働く前は別の業界にいましたが、以前の働き方は、自分の理想や、やりたいことの実現を第一に追求するタイプでした。今になって思うと、自分のしていることが本当に世の中に求められているのか、意味はあるのかが二の次になっていたかもしれません。
今は、自分がすること全てが誰かの役に立っていることを実感できています。ちょっと掃除をする、システムを改良して手作業の業務を減らす、といった自分のアクションで周囲の人が喜んでくれることが、自分にとっての大きな喜び、やりがいになっています。これからもそんなふうに喜んでくれる人たちのために働きたいと思っています。
Claris Engage に登壇しようと思ったのも、誰か困っている人の役に立てるかもしれない、と思ったからなんです。私たちと同じように地方で観光業や宿泊業を営んでいる方は、以前の私たちと同じように使いにくいシステムや、旅館特有の複雑な情報整理で苦労されているかもしれません。そんな同業者の方々や、これから起業したいけどあまり予算がないという方に、これまで経験したことや、苦労したところ、そして FileMaker を使ってどのように改善できるのか、そういう部分を共有することによって、少しでも助けになればいいなと考えています。登壇をきっかけに、誰かの背中を後押しできたり、私自身も思わぬヒントが得られるかもしれない、と今から楽しみにしています。
目指すのは、さらなるシステム化と地域貢献。
これから FileMaker を使ってみようと思っている人や、今まさにシステム開発をしている人に伝えたいことは、コミュニティを頼ってほしいということ。 FileMaker のユーザーは、親切な人や、自分の経験や知識を共有しようとする人が多いと感じます。 1 時間ほど自分で調べてみて、それでもうまく進みそうにない時は、ぜひオンラインのコミュニティで質問してみてください。私自身、開発の際、とても助けられましたから。FileMaker を使う人が少しでも役立てるように私も協力していこうと思います。今後は、まだまだ FileMaker で効率化できる部分があるので、引き続きそれを進めていきたいと思っています。例えば、部屋の稼働状況とスタッフのシフト・勤怠管理を連動させるシステムの開発を考えています。部屋の予約状況は刻々と変わるため、実はシフトを組むのは大変なのですが、これが実現できると、私たちの働き方も変わり、仕事への満足度も変わってくると思います。
私たちですらまだ発展途上なのですから、地方の中小・零細企業の生産性や創造性は、いくつかの単純なカスタム App によって向上できる余地がまだ相当多く残っているのではないでしょうか。それはとてももったいないことだと思います。「システム化」は、それ自体が目的なのではなく、あくまで課題解決のための一つの手段に過ぎません。業務の効率化によって、従業員ひとりひとりが、「業務のための業務」に時間をとられることなく、まっすぐ企業ビジョンの実現に注力できるような環境をつくってあげられれば、ひとりひとりの個性や才能をもっと輝かせてあげられるし、活き活きと働ける職場になっていくと思います。
だれもが活き活きと働ける職場なら、過疎の地域にも希望はあります。人口が問答無用で減りつづけ、上手な町じまいを考えなければいけないステージに入ってきているこの地域で、目を背けることができない大きな課題は、大切な従業員の暮らしと、やりがいある仕事をどのように守っていくのかということ。地域に対しての貢献や、その持続可能性はいかほどなのかということも考えなければなりません。小さな業務改善を積み上げることは、その通り小さな一歩に過ぎないかもしれませんが、大局観をもって状況を見極めつつ、企業としての方向性を示せるような次の一手を、いつも考えています。根本的には、私たちはそのために FileMaker を利用していますし、これからの進化にも期待しています。
【編集後記】
サービスを利用されるお客さまや社内スタッフの喜ぶ笑顔のために、日々奮闘する佐々木さん。業務効率化の裏にある思いや、旅館だけでなく、地域全体も活性化したいという展望まで穏やかに話してくれました。単なる業務効率化を目指すのではなく、いかにお客様に喜んでいただけるかを考え、そのために現場でおもてなしをするスタッフが思う存分、質の良いサービスを提供できるように工夫されたシステムが構築されていると感じました。山人が、じゃらん.net「泊まってよかった宿大賞2019」の東北 50 室以下の部門で、栄えある総合 1 位を受賞されたのも、そういった心くばりの積み重ねによるところが大きいのかもしれません。
佐々木さんは Claris Engage Japan 2020 にセッション登壇されました。佐々木さんのセッション「独学、資格なしでもここまでできる!API とコミュニティの集合知を活用して、基幹システムの刷新から AI 連携まで実現させる道筋」はこちらからご視聴いただけます。
*写真のみを記事告知目的以外で転用することはご遠慮ください。