目次
- 電子顕微鏡と振動問題
- 振動対策のスペシャリスト
- 中小製造業の業務効率化のボトルネックは表計算ソフト
- まずは紙から iPad へ
- 小さく始めて大きく育てるアジャイル開発とローコード開発
- 全社のさまざまな業務で Claris FileMaker が活躍
- 基幹システムの移行にも挑戦中
1. 電子顕微鏡と振動問題
電子顕微鏡は、通常の顕微鏡では見えない細菌・ウイルス・細胞構造など生物的対象や、金属の結晶構造・半導体内部構造の観察にも利用される。電子顕微鏡を使用する際、その精度を損なう要因の一つに「振動」がある。振動は、車や電車の通過、建物内の機械作動、さらには地盤のわずかな揺れなどによって引き起こされ、正確な画像取得を妨げる。

(左)電子顕微鏡の鏡体を支持する製品「マウント」と、(右)低周波から高周波まで幅広い振動を吸収する除振台
2. 振動対策のスペシャリスト
東京都町田市 に拠点を置く、株式会社ユニロック は、精密機器の設置環境に応じた、振動・磁場・音に対する防止装置の開発・設計・製造を行う専門企業だ。同社は、主に日立ハイテクの電子顕微鏡の環境対策装置を提供し、高精度な観察を可能にしている。
3. 中小製造業の業務効率化のボトルネックは表計算ソフト
ユニロックの製品は、電子顕微鏡の種類や設置環境などを考慮し、すべて個別生産で対応している。製品の主要パーツは同社で設計し、外部工場が生産。顧客のニーズに合わせてパーツを調整・組み合わせて製品にし、ニーズに沿った検査を行った上で出荷している。

小ロットの個別生産で指示が複雑になるため、FileMaker で製造指示書を参照しながら作業する
この製造や検査の工程で扱うデータは従来、紙と表計算ソフトを使って管理してきた。しかし、表計算ソフトで作成したファイルでは、
- 共有フォルダでの管理のため同時編集ができず、データ入力待ちが発生
- 紙の記録を表計算ソフトに転記する手間と時間がかかる
といった問題があり、業務効率化の妨げとなっていた。そこで、社是として業務の電子化の方針を掲げ、これらの課題解決に取り組むこととなった。
この取り組みを主に担当したのが、株式会社ユニロック 業務管理部 宮口 等氏である。業務管理部内のネットワーク担当部署が PC やサーバー、ネット環境といったハードウエアを担当し、ソフトウエアを宮口氏が担当したという。
4. まずは紙から iPad へ

原材料のロット番号の QRコードを iPad で読み込み、ペーパーレスでトレーサビリティーを実現
同社では PC 25 台、iPad 12 台(主に製造現場で使用)、iPhone 13 台(主に棚卸し入力や有給休暇申請などで使用)の体制で Claris FileMaker がさまざまな業務で活用されている。
そのうち、まず導入したのが、iPad である。これにより製造現場でデータをシステムに直接入力できるようになり、転記の必要がなくなった。さらに現場で写真を簡単に撮影できるようになり、QRコードを活用した効率化にもつながった。株式会社ユニロック 業務管理部 承認者 嵯峨 志野氏は、「人が現場で動きながらデータを扱い、写真もきれいに撮れる iPad が最適と判断しました」と語る。

株式会社ユニロック 業務管理部 承認者 嵯峨 志野氏
5. 小さく始めて大きく育てるアジャイル開発とローコード開発
一方で表計算ソフトの課題は依然として残っており、解決のための方法を検討し始めた。
ユニロックでは システム化にあたり、最初は外注しようとシステム開発会社に相談してみたそうだ。しかし現状を把握し要件定義書を作成するだけで、かなりの費用と日数がかかることが判明。そこで、社内の運用を理解した上で目的や予算に応じて開発を進められる、ローコード開発によるアプリ内製の道を選択した。システムを内製するのであれば、現場担当者の話を聞きやすく、どうすれば現場を効率化できるのか相談しながら進められる。現場の声をアプリに反映しやすく、結果的に業務にジャストフィットしたシステムに進化させる現場を巻き込んだアジャイル開発が実現できる。
最初にアプリケーション開発を担当したのが、宮口氏である。宮口氏は、「PC は Windows を使っていたので、iPad と Windows 両方で使えるデータベースソフトを探しました。その結果、FileMaker にたどり着きました」と語る。また実際に使ってみて、日本語でスクリプトが書ける点が特に便利だと感じたという。「プログラミングの経験はありましたが、FileMaker に触れるのは初めてでした。情報収集のためにセミナーに参加したり、ネットで参考になる事例を検索するなど手探りで学び始めました。公式テキストを実際に購入して、その後 YouTube で公開されている FileMaker の学習用コンテンツを使って学習を進めました。YouTube の動画はサンプルを使った具体的な説明があり、わかりやすかったです」(宮口氏)。
初めに開発したのは、製造部で利用する制震素材配合アプリである。振動吸収に使われる樹脂の配合比率が製品の品質を左右する基幹部品で重要な役割を担う。利用した資材のトレーサビリティーが必要で、毎日その配合をロットごとに管理しなければならない。万が一、素材に欠陥が見つかった場合、対象となる顧客を絞り込むことでリスクを最低限に抑えるためだ。宮口氏は、このアプリを「FileMaker を 勉強しながら半年くらいかけて構築しました」と語る。

Claris 公式トレーニングブックで学習して FileMakerを習得した株式会社ユニロック 業務管理部 宮口 等 氏
6. 全社のさまざまな業務で Claris FileMaker が活躍
制震素材配合アプリに始まり、その後もアジャイル開発を続け、内製開発したアプリ数は 14 にものぼる。ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker で作ったカスタム App は、同社のさまざまな部署で活用されている。そのうちのいくつかを紹介しよう。

起動画面(原価調査・物件一覧・製造指示書システム・作業手順書・棚卸し・出荷システム・マウント注文台帳・図面管理・有給休暇管理)
● 物件一覧(業務管理部)
まずは業務管理部が扱う「物件一覧」。製品の受注から生産、出荷に至るまでをこのアプリで行う。受注すると顧客や仕様といった基本情報が、基幹システムに入力される。従来はそのデータを CSV で吐き出して、表計算ソフトの物件一覧に手作業でペーストしていた。この作業は手間がかかる上、貼り付けの間違いが起きることもあった。また仕様が変わると、物件一覧の方も修正する必要が出てくる。その際は表計算ソフトの検索機能を使っていたが、データが多いため発見と修正にかなりの時間を費やすことがあった。FileMaker で管理するようになってからは、手作業を介すことなく基幹システムからのインポートが可能になり、ミスなく常に最新のデータで管理できるようになった。
● マウント注文台帳(業務管理部)
電子顕微鏡の鏡体を支持する製品「マウント」は、製造工程が複雑で作成書類が多いため、別途注文台帳のPDF を用意している。そのため、顧客からの注文が来た際に PDF から各項目を表計算ソフトにコピー & ペーストしていた。この作業自体に手間がかかるだけでなく、都度工程の実施状況を入力する必要があり、ときには入力漏れも起きていた。現在は物件一覧同様、基幹システムから FileMaker へインポートできるようになり、コピー & ペーストがなくなった。さらに書類の作成プロセスと連携しており、書類を作成すると自動で「発行済み」と入力され、入力漏れもなくなった。嵯峨氏は、「マウントは同時期に多数の注文が来るケースが多く、PDF からのコピー & ペーストだけで相当の手間と時間がかかっていました。それが一瞬で完了するので、大幅な効率化が実現しました」と評価する。
● 硬度管理(品質保証部)
品質保証部では部材の検査データを FileMaker に蓄積し、一定期間の平均値を可視化できるようにしている。検査を行うサンプル試料は 7 種類あり、従来は種類ごとに表計算ソフトにデータを蓄積して分析していた。統計処理にかなりの手間と時間がかかっていたが、FileMaker を利用することで大幅に効率化できた。
● 作業手順書(製造部)
製造部では前述の制震素材配合管理アプリに加え、作業手順書もFileMaker で共有し、必要に応じて参照できるようになっている。これらの製造や検査にかかわるデータ管理では、FileMaker で入力フィールドにしきい値を設定し、基準値外の値が入力された場合には高輝度表示するなど注意喚起している。

作業前に素材の使用分量を入力し、合否判定を輝度で表示する
● 図面管理(技術開発部)
技術開発部では、図面管理を FileMaker で行っている。従来 CAD で書いた図面をファイルサーバーに保管して共有していたが、フォルダの階層が深く、目的の図面にたどり着くのに何度かクリックをする必要があり、時間を要していた。それを Claris FileMaker で管理することで、アプリから簡単に検索して図面にアクセスできるようになった。
この他、ほぼ全社員が利用しているのが、有給休暇の申請・管理のアプリである。自身の有休日数や残日数・時間、利用履歴などが表示され、iPhone から簡単に申請できるようになっている。
ここまで活用が広がった理由の 1 つに、開発者の育成に力を入れたことも挙げられる。宮口氏は社内で勉強会を開催するなど、FileMaker の普及に努めた。それによって、徐々に開発者が増加。2024 年 12 月現在、10 名体制で開発を行っている。アプリが増えた今でも、協力して現場の声を吸い上げるアジャイル開発体制で、迅速に業務改善ができるようにしている。
7. 基幹システムの移行にも挑戦中
同社が目下取り組んでいるのが、基幹システムの FileMaker への移行である。2025 年内に開発終了し、 2026 年 1 月から旧システムと並行運用、2026 年 9 月の完全移行を目指している。移行作業のなかで特に難しいのが、部品管理部門だ。同社で扱う部品点数は約 1,500 だが、部品はロット管理しており単純なマスタ管理ではない。これらを含む全システムの移行が完了すれば、受注から製造、検査、出荷、請求まで、一連の業務をFileMaker で管理できるようになる。

アジャイル開発を主導するメンバー:左から児玉氏、青山氏、伊原氏、宮口氏、吉﨑氏
業務のさまざまな課題を Claris プラットフォーム で解決することが社内文化としてしっかり根付いているユニロック。嵯峨氏は、「何か不具合が発生した際、再発させないために FileMaker でなんとかしようと、みんなが考えるようになっています。これだけ使っているので、解決策が考えられるようにもなってきました」と語った。
【編集後記】
今回のインタビューに応じていただいたアジャイル開発に携わるメンバーは、業務管理部、品質保証部、技術営業部・技術開発部、製造部の皆さん。各部署のメンバーが Claris FileMaker の開発者となり、重要な業務システムを内製開発していることには驚かされた。それだけでなく、基幹システムの完全移行という大規模プロジェクトにも積極的に挑戦する姿勢には感銘を受けた。
*QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。