目先の COVID-19 感染者数はピークを超えて減少傾向にあるものの、まだまだ予断を許さない中、周到な準備がされないまま対応している救急医療の現場。医療現場がどのような課題にさらされ、新型コロナウイルスに対峙する最前線の医療従事者として、どのような取り組みを行っているのか。地域医療における医療と IT に視点を向けて、日立総合病院救命救急センターの医師である園生 智弘さんと、徳島県立中央病院救命救急センターの副センター長である川下 陽一郎さんにお話をお伺いしました。
前編では「医療現場で起こっている問題意識と課題」、後編では「今後求められる医療とITについて」を紹介します。
【本記事は医療と IT を視点に個人の医師に見解を求めたものですので予めご了承ください】
COVID-19 感染拡大で感じた、医療従事者の課題。
園生医師(以下 園生):「今回の COVID-19 (新型コロナウイルス感染症)は、パンデミックであり一種の災害時状態になっています。このような状態に特化した情報共有システムは従来よりあるのですが、病院や医療機関の体制が IT 視点では極めて脆弱であると改めて実感しました。医療機関で普段使いするようなものでない為、システム自体が使いづらかったり、いざ使おうとしたら ID とパスワードが誰もわからない等の状況が頻発しています。結果として、ここ数年改善傾向であった救急搬送のたらいまわしが再度社会問題化しました。従来の救急搬送情報はまずまず連携できているのですが、今回のような事態になると、新型コロナ感染症疑いの患者さんの状態を病院に提示して、適切かつ迅速に受け入れ先を決めるような仕掛けがなかったんです。救急医療はある意味で、常に災害・緊急事態との戦いです。救急医療における IT インフラの強化が医療現場の大きな課題であると改めて感じました。川下先生は、医療従事者の立場として、今回の事態をどのように感じましたか?」
川下医師(以下 川下):「感染者が都市部と比較すると少ない徳島県でも、現場マネジメントと情報の見える化が課題だと感じました。世の中に COVID-19 の情報が溢れることで、患者さんを受け入れることがどのくらいリスクなのかもわからない…という恐怖と不安を抱えている病院スタッフが非常に多いです。その恐怖と不安をいかに少なくできるか。そのために、何が恐怖や不安を生み出しているのかと向き合わないといけません。
感染すること、医療機関で働いているがために誹謗中傷を受けること、感染させてしまう危険性があることなど、不安も様々です。そういった不安を払拭できる情報を見える化して共有できれば、現場で奮闘してくれているスタッフの精神的な影響を緩和することができると思っています。やはり、人は耳で聞いた情報だけだと、不明確性もあり逆に恐怖や不安を煽ってしまいます。可視化されていると、読み返せて確認しあえる事による安心感はあるなぁと、現場では切に感じています。」
園生:「実際に私も現場にいて、この問題を体感していました。これまで TXP Medical (注1)で解決してきた救急領域のノウハウを活かして、なんとかこの社会課題に取り組めないかとずっと考えていました。4 月はじめより、日本集中治療学会をはじめとした 3 学会合同の重症病床管理データベース(注2)のプロジェクトには管理会社として関わっていたこともあり、このデータベースの情報を共有化するための活動はすぐにスタートさせました。その他にも何かできることはあるのではないかと考え続け、実際に 自身で PPE (防護服)を着て隔離室で COVID-19 疑いの患者さん対応をしている時にふっと疑問が湧きました。
問診票を渡しに行くスタッフ、回収するスタッフ、さらに PPE を着用した医師と、軽症の新型コロナ疑いの患者さんであっても複数名が接触します。しかし、患者さんの状態を確認しに行った医師がすることは、問診票に書いてあることを聞き直すことくらい。医療従事者の感染リスクや防護服の不足の事態が問われている今、もう少しマシなやり方があるだろう?と考えたわけです。
オンラインで患者さんの方から適切な情報を申告でき、ビデオ通話で診療サポートができれば良いと考え、社内メンバーに緊急招集をかけました。 「COVID-19 対応セルフ問診支援システム」(注3)はそれから 2週間で構築して TXP Medical を通じて全国に無償提供を開始しました。すでに現在全国 16 箇所 の総合病院に提供を完了しています(注4)」
川下:「ありがとうございます。無償提供していただいたおかげですぐに導入決定し、運用を開始できています」
情報の見える化と共有が、医療現場の課題解決に。
園生:「今回の事態が特段 IT 対応が難しかったのは、感染症に関わるセンシティブな情報を預かるため堅牢性が求められる一方、日々刻々と状況が変化することに対応しないといけない点です。濃厚接触の定義も変わりましたし、地域によって流行状況も変わるため、それに応じて問診内容のカスタマイズが必要となります。ベンダー製の電子カルテや大企業製のシステムだと、状況に対応するべく動いても出来上がった頃には、状況が変わっていて、また更新しないといけない。2 週間後にシステムの要件が変わったり、東京と徳島のように都市部と地方で状況が異なっていたり、流行地域によって収集すべき情報が異なるなど、ベンダー製の電子カルテでは決して対応できません。
今回の状況では、たとえば当初は 4 日以上の発熱が続くことがキーワードでしたが、最近では熱がなくても呼吸苦があれば検査対象にするべきだと指針も変わっています。今回、このようにクイックに変化する開発ニーズと、堅牢なデータ管理の両軸を満たすシステムの構築が、FileMaker プラットフォームを活用することによって、実現できたと思います。」
川下:「日々知見が変わる状況だと、必要な要件が変わるのは仕方がないですよね。私の病院もそうですが、他の先生方も一生懸命情報を集めて、都度最新の情報に更新していました。これまでの医療現場で活用していた IT のあり方では追いつかない状態になっているのを実感しています。
新型コロナウイルスによって大きな変化が訪れているのは医療関係者も同じで、現場は大きなストレスを抱えています。そのような状況の中で、電話によるコミュニケーションで、人の耳を介しただけの情報が他の人にも伝わっていくうちに、ニュアンスが少しずつ変化してしまい、間違った情報に置き換わる恐怖があります。
今後は、スピーディー且つ、情報をリアルタイムに更新・共有されていくことにみんなが慣れていかないといけないのではないでしょうか。」
園生:「システムができても、正直一筋縄ではいかないんですよね。実際に使ってみないと本当の必要性に気がつけないことが多いです。これまでも、すでに救急外来待合室での問診アプリは実用化していたのですが、あまり病院からの反響はありませんでした。その理由は、紙の問診票でも問題なく業務ができていたからです。しかし、今回の事態で、iPad 問診で紙と同じ情報が取得できて、防護服も必要以上に消費しなくていいよねって。さらに、紙の問診票を回覧して感染リスクが増えるよりも、データベース上に直接入れば問診票を介しての感染の可能性もないです。でも、実際に動いているものを見せないとその必要性に気付かないのが普通だと思います。
今回の新型コロナ騒動で、既に国立系の大きな病院でもオンライン診療の案内をホームページに出していて、これまでの大病院の常識からしたら考えられない変化が起こっています。社会情勢の変化のタイミングは、医療現場のマインドを一気に変えるので、そこに対してより良い医療の形を提案していきたいと思いますね。」
園生:「川下先生は、現時点で情報共有に課題を感じていますか?」
川下:「すごく切に感じていることがあります。キーワードは、”見える化”ですね。今回のことで強く感じたのは、Excel だけではコロナと戦えないということです。実際に、保健所や医師会、接触者外来を担う各医療機関をつないでいるのは、電話やメールなんです。それによってたくさんのエラーが生じています。データ化するために Excel を活用しても、それぞれの部署が単独で作成し使用するだけでは、入力作業の重複やデータエラー、更新にタイムラグが生じやすいと思います。それによって各関係者にとって最も大切な時間を消費してしまっています。このような情報戦は、電話、FAX、手書きメモ、そしてメールと Excel を単独で使用することだけでは戦えないということです。今回、素早く、わかりやすく、使用する者が腹落ちする仕組みとしてリアルタイムに医療関係者の情報共有ができるクラウドデータベースの必要性を感じています」
園生:「そこにプラスして大事にしたいのは、建前じゃなく本質にこだわることですね。医療者が感染しない。防護服を過剰に消費しない。一人でも多くの患者の命を助けるという使命で動かないといけない。そのために必要な IT インフラは何なのか、本当に求められるシステムは何なのかを追求することの重要性を考えないといけないですよね」
川下:「同感です。IT で患者さんを直接的に救うことはできないかもしれない。しかしITを活用することで患者さんを救う側に立つ医療者を支え、そして医療者だけでなく、行政や保健所の方々の負担も軽減でき、結果的に患者さんや社会を救う、と強く感じています。」
<後編へ続く>
【編集後記】
COVID-19 によって巻き起こった異例の事態の中、実際に医療現場の問題意識によって現場で生まれた「セルフ問診支援システム」。従来のベンダー依存型のシステム開発の手法で行っていた長いリードタイムではなし得なかった、現場ニーズに併せて変化するローコード アプリ開発は、札幌医科大学が中心となってリアルタイムでの「見える化」を実現した COVIDChaser の事例にもある通り、徐々に日本の医療現場で浸透しはじめているようです。アプリはベンダーのプログラマーが作るべきという考えはもはや古い概念であり、堅牢なセキュリティを提供するクラウドプラットフォームに救急や感染症の専門家が知恵を結集して構築したアプリが一般的に使われ、社会システムの問題を解決する時代に入っていることを感じました。後編では、今後求められる IT と医療の関係性についてご紹介します。
_______
注1 - TXP Medical
TXP Medical株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役:園生智弘)
病院救急外来における情報プラットフォーム NEXT Stage ERの提供を主たる事業として行っている。全国25箇所の救命センタークラスの大病院にシステム導入。
注2 - 重症病床管理データベース
日本救急医学会・集中治療医学会・呼吸療法学会が合同で構築した、横断的 ICU 情報探索システム(略称:CRISIS)に蓄積されたデータベースをもとに、COVID-19 重症者における人工呼吸器装着数及び治療の成績累計、ECMO 装着数及び治療の成績累計を可視化させた FileMaker Cloud上で稼働するデータベース。このシステムには、日本集中治療医学会専門医認定施設、日本救急医学会救急科専門医認定施設を中心に日本全国 570 以上の病院が参加しており、それらの施設で稼働する(総 ICU ベッド数 約 5500) からの入力データをもとに集計されている。
注3 -「COVID-19 対応セルフ問診支援システム」
COVID-19 疑いの患者さん自身のスマートフォンで実施できる遠隔問診システム。問診・測定結果は救急外来の端末上で確認可能で、QR コードリーダーを用いてセキュリティリスクを伴わずにワンタッチで院内電子カルテに転記することも可能。医療従事者への感染防止、診療業務の最適化を支援するシステムです。
https://txpmedical.jp/news/?id=5pUdqIVJZXM2hvikIWIaBC
https://www.youtube.com/watch?v=3kA9f4NvUHI
注4 - COVID-19 対応セルフ問診支援システム導入 医療施設 (2020 年 5 月 25日 時点)
徳島県立中央病院/牧田総合病院/みやぎ県南中核病院/総合南東北病院/済生会宇都宮病院/京都府立医科大学附属病院/自治医科大学附属さいたま医療センター/佐賀大学医学部附属病院/橋本市民病院/島根大学医学附属病院/米盛病院/日立総合病院/和歌山県立医科大学紀北分院/国際医療福祉大学成田病院/栃木医療センター/国立成育医療研究センター
*写真のみを記事告知目的以外で転用することはご遠慮ください。