事例

教育現場からスマート農業を目指し、作り上げていく農業高校の未来。

デジタルの力を、農業と教育現場へ。

大がかりな神輿をかかげるダイナミックな「西条まつり」で有名な、愛媛県西条市。この地にある愛媛県立西条農業高校では、農業を軸として、土木や造園、調理・被服の領域も学ぶことができる。生徒は、食農科学科・生活デザイン科・環境工学科の 3 つの学科に分かれ、それぞれ専門的に学んでいる。進路は、製造業から、造園会社、更に農業を専門的に学ぶための大学進学など多様な道がある。
西条農業高校では、数年前より「スマート農業」をキーワードに、 ICT 教育の整備や、iPad を活用したアプリ導入を積極的に行っている。

「現在は、あらゆる業界でデジタル化や、 DX などが進められていますが、教育現場ではまだ不十分な部分が多いのが事実です。紙の書類でのやり取りも多いですし、『そもそもデジタル機器を使って授業をするなんて』という声をあげる方もいます。それでも、生徒たちの理解が深まり、農業の進化に役立つのであれば、積極的に活用していきたいと考えています。」

と語るのは、2017 年に同校に赴任し、現在、生活デザイン科で教員を務める 野田 昇吾 先生。IT に関わる経歴の持ち主かと思いきや、愛媛県立西条農業高校に就任する前には IT とは全く異なる業務に従事していた。
野田先生は 2010 年から 2012 年まで JICA が派遣する 青年海外協力隊員としてモザンビークで 野菜栽培に関する活動に従事するという教員としては異色の経歴を持つ。実際に青年海外協力隊員 2 年の任期を終えて帰国した際、デジタル技術の進歩に驚いたという。

「日本に帰国したら、みんな iPhone を持っているんです。知らない間になんて便利なものが発売されたんだと衝撃を受けました。その後、赴任する予定だった前任校の農業高校でも、この技術やシステムを活用できないかとすぐに考え始めたんです。」

ここで野田先生が見つけたのが ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker だった。これまでプログラミングの知識もなく、開発エンジニアとしての勉強をしたこともなかった野田先生。それでも独学で学びつつ、少しずつカタチにしていたという。

「基礎知識も充分ない状態でのスタート。それはもう、大変でした。それでも Claris が配信している公式 YouTube の動画を見て学び、 Claris コミュニティで同じような悩みを抱えている人を探して回答欄を見たりしました。独学でも、なんとかなるような環境があったのは助けになりましたね。」

少しでも今の農業高校での現状を打破するためにやりきりたいという想いから、試行錯誤を重ねながら農業に関するアプリ開発を進めました。

野田 昇吾 先生

開発したアプリが、授業の質を高めた。

そして野田先生が、 2 か月ほど苦労して作り上げたのが、生育アプリとレジアプリ。特に生育アプリは、授業で大きく役立った。

「本校の 1 年生は、農作物の生育を記録するという授業があります。これまでは、メジャーで高さを計測し、スケッチで全体の状況を記録していました。しかし、雨天時には記録用紙が濡れてしまいますし、スケッチは個人差が出てしまいます。生育アプリを活用することによって、手書きから、デジタル入力になるため、記載時間が短縮されました。また、 iPad で写真も撮影できますので、農作物の状況をこれまで以上に明確に把握できるようになりました。その結果、農作物に付着している害虫の種類から、その対策法、農薬の選定までスムーズに指導することが可能に。また、生育記録の平均値の計算など、生徒によっては時間がかかってしまうものも、数値を入力するだけで、結果が出るため、授業全体の効率化にもつながっています。」

農作物の撮影が可能になり、より詳細な情報を記録することができるように。

授業がスピーディに進むだけでなく、実際に活用している生徒からの評判も良く、導入直前の学年の生徒からは、「もっと早く導入してほしかった」という声が挙がるほど。レジアプリに関しても、収穫した農作物の販売会で、農作物の種類や仕入れた個数、販売した個数を管理できるようになる、と効果が期待されている。

販売する野菜の種類や個数がわかりやすく確認できる UI

農作物の販売会では普段農業の現場で求められる土壌や農薬に関する情報だけではなく、顧客となる消費者へどのように製品を説明するかのセールスポイントも求められるため、商品マスタ画面には農作物の特徴やオススメの食べ方などを記載して、生徒が iPad を閲覧しながら自主的に販売促進ができるよう工夫がなされている。

製品マスタ画面。販売会でのセールストークに使える商品の魅力も共有されている。

ローコード開発でプログラミング教育へ取組み

授業では、ユーザとして FileMaker のアプリを使うだけでなく、生徒自身がローコード開発でアプリを作成する部分まで提供されている。

「一部の学生には、実際に開発する授業を受けてもらいました。論理的思考も身についたうえ、簡単そうに見えるアプリでも裏側では、複雑な仕組みになっていることを理解してもらうことができました。身の回りにある機器の中身がブラックボックス化している現在で、その中身を知る機会があるというのは学生にとっても大きな学びになったと思います。
昨今の授業のスタイルは、アクティブラーニングと言って、学生に積極的に疑問を持ってもらい、それを解消していくスタイルが推奨されています。もちろんそのスタイル自体は素晴らしいものですが、現場の事情として、なかなか学生同士の話し合いの時間がとれないのが現実。しかし、 FileMaker を活用したアプリを使用することで、浮いた時間を話し合いの時間に充てることができました。また、撮影した農作物の写真を見せ合うことにより、理解がより深まりました。」

これからの時代、今までのやり方では、農業高校は生き残れない

現代の農業は多くの変化を求められています。しかし農家の現場では、現在の業務の維持が優先であり、リスクを負って新しいことに挑戦したり、トライアルすることすらも難しいというのが現状だ。その現状を変えていきたい、と野田先生は語る。

「愛媛県の各地域で農業で生計を立てている人は、決して豊富な資金があるわけではないので、新しい農業への挑戦は難しいのが現状です。例えば、気候が適しているからパパイヤに挑戦しましょうといっても、いきなりパパイヤ農園に挑戦することはできません。学校である私たちが挑戦すれば、経験や知見も溜まり、成功すればそのノウハウを地域に広めることができます。新しい挑戦へのハードルを下げられるのが、 FileMaker やドローンといった IT の力です。そのためには、教育の現場から IT 技術と農業をかけ合わせて、省力化や高品質生産を目指していく「スマート農業」を進めていく必要があります。

このような先進的な取組み、つまり新しいことに挑戦し地域の課題を解決するのが、地元に根ざした農業高校であると考えています。ですので、将来の地域の農業を担う新しいチャレンジに、若い高校生が取り組むことがとても重要だと考えています。現在のスマート農業は大規模農家を中心に動いていますが、FileMaker のアプリなら地域の小規模農家でも対応可能になると思います。」

FileMaker キャンパスプログラム認定校へ

愛媛県立西条農業高等学校は、Claris が提供する「FileMaker キャンパスプログラム」に参加表明し、認定を受けた。「FileMaker キャンパスプログラム」とは、授業で FileMaker を利用する学校に対して、FileMaker ライセンスを Claris が無償で提供し、プログラミング教育などに役立てられているもの。FileMaker を使ったアプリ開発は主に大学・専門学校での導入が多いキャンパスプログラムだが、高校では北海道斜里高等学校に次いで 2 校目となり、農業高校では日本で初の導入となる。

「現在 FileMaker の利用は、私が担当している生活デザイン科の学生のみです。FileMaker キャンパスプログラムの導入が決定しましたので、全学科にその活用の幅を広げて、本格的に普及させていきたいですね。私の専門の領域外の授業もありますので、他の先生とも協力して、開発を進めていけば、学校全体のスキルもあがっていきます。それが進めば、愛媛県内でも IT 導入を進めている学校として PR にもなるのではないでしょうか。」
と野田先生は将来への取り組みへの意気込みを語ってくれた。

愛媛県立西条農業高等学校で予定されている FileMaker キャンパスプログラム 講座内容 
(1) 「農業と情報」(生活デザイン科 1 年生全員履修)
Microsoft Word・Excel・PowerPoint などの基本操作を学習したのち、スマート農業について学習する。その中で FileMaker を使って農業アプリを内製し、使いやすいアプリケーションを作成して農業科目と連携して活用していく。

(2) 「農業情報活用」(生活デザイン科 3 年生選択履修)
 HTML、CSS を 1 学期に実施し、2 学期からは FileMaker でアプリ作成を行う。

編集後記】
授業で活用しているアプリの具体的な活用方法から、これから進めていきたい取り組みまで熱心に語ってくださった野田先生。学校のみならず、農業高校の教育現場そのものも変えていきたいというエネルギーを感じました。高校時代からアプリ開発に触れる機会があれば、卒業後にどの分野に進んでもきっとプラスになることでしょう。また、農業で生計を立てている農家さんにはできないチャレンジも学校ならできる、と地域貢献に意欲的な野田先生の熱意がとても印象的でした。西条農業高校のような取り組みが、全国の教育機関に広がることを期待したいです。