事例

生殖医療クリニックの内製化。Web 問診票システム導入のインパクトとは。

一般不妊治療や高度生殖医療を提供する亀田IVFクリニック幕張では、Claris FileMaker を活用して、数多くの医療現場が直面するさまざまな課題の解決に成功している。

生殖医療科ならではのデータ取り扱いの難しさ

千葉県千葉市にある医療法人鉄蕉会 亀田IVFクリニック幕張は、一般不妊治療や体外受精などの高度生殖医療を行う医療機関である。こちらのクリニックは、患者のデータを適切に扱うための取り組みとして、開院時から Claris FileMaker を導入し、電子カルテシステムを使い勝手よく利用するためのサブカルテシステムを内製している。

現在、数多くの医療機関で電子カルテシステム自体は導入が進んでいる。しかし、これは患者の診療情報の記録が主な目的で、保存される情報は必ずしもデータとして使い勝手の良いものではない。

例えば、来院者や患者に対して治療成績を示すにも、電子カルテのデータは構造化されていないため、集計や分析に必要な文字列を抜き出して別の表計算ソフトなどにまとめるケースが多く、手間がかかる。その課題を解決するために、データ抽出がしやすい何らかのサブシステムの導入が考えられるが、不妊治療などの生殖医療の場合、患者が女性と男性の組み合わせであるという他の診療科にはない特徴があるため、汎用的なシステムではフィットし難く、一からシステムを構築することが必要となる。しかし外部委託開発では当然、膨大なコストと開発期間がかかってしまう。そこで同クリニックでは短時間、低コストでの開発が可能な Claris FileMaker を採用し、内製化により問題を解決した。

また院内移動が多いスタッフに配慮し、PC からだけでなく、Claris FileMaker Go を使って iPad からカスタム App を実行できるようにした。管理項目が多いため、ディスプレイサイズに余裕のある iPad Pro 11 インチモデルを利用し、視認性を担保している。

クリニック内で活用されている iPad と FileMaker Go

Claris FileMaker でサブカルテシステムのカスタム App を開発した同クリニック 品質管理 品質管理担当室長 筋野 徒志雄 氏は、その魅力を次のように語る。

「これまでさまざまなツールを使ってきましたが、カスタマイズ性、拡張性、ユーザビリティなど、FileMaker はすべての面で頭一つ飛び抜けている印象です。私自身はエンジニアではありませんが、専門的な知識がなくても利用できる手軽さがありながら、高度なことも実現できるのは本当にありがたいですね」

筋野 徒志雄 氏(亀田IVFクリニック幕張 品質管理 品質管理担当室長)

プロの内製化支援サービスを活用し、サブカルテシステムが進化

しかしサブカルテの問題はクリアできたものの、同クリニックでは初診の際に来院者に記入してもらう問診票にも課題を感じていた。

来院者は、クリニックの Web サイトからダウンロードした PDF の問診票を印刷して記入し持参していたが、この方法だと来院者に大きな手間を強いることになる。さらに、医師の診察前にその紙を見ながらスタッフがシステムに再入力する手間と時間が生じ、クリニック側にとっても大きな負担となると同時に、患者の待ち時間が長くなるという課題もあった。

これを解決するために取り組んだのが、問診票の Web システム化だ。来院者が自宅からモバイルデバイス経由で入力した情報を、直接病院のサブカルテに反映できないか、と考えたのだ。

「FileMaker でのカスタム App 開発自体は、ローコードでとっつきやすいこともあり独学でも対応が可能でした。ところが、安全に院外の通信環境と接続する仕組みの構築となると、単体のカスタム App を作るのとは別の専門的な知識が必要になります。さすがに自習するといっても、何をすればいいのかがわからない状況でした」(筋野氏)

そこで色々とリサーチしていたときに、Claris 主催の年次カンファレンスのセッション録画で Web サービスとの連携を紹介しているのを見つけ、「私がやりたかったことはこれだ!」と思ったという筋野氏。早速セッションのスピーカーだった株式会社ワークスペースの岡田社長に連絡し、内製化支援の依頼を決めたという。

岡田 匡 氏(ワークスペース 代表取締役)

内製化支援を行った岡田氏は、「亀田IVFクリニック幕張の川井清考院長が先進的な考えをお持ちだったこと、そして取り組みを進めた筋野様が非常に勉強熱心だったことが素晴らしいと感じました。支援する側としても支援し甲斐がありました」と振り返る。

岡田氏の支援により、すでに構築していたサブカルテの仕組みに追加する形で、問診票のデジタル化が行われた。この仕組みの実現には Claris FileMaker Server を介し、FileMaker Data API を活用。岡田氏の内製開発支援があったことで、独学による自習だけでは手が届かなかった、高度な通信機能を搭載したカスタム App のシステム拡張に成功したといえる。

Web 問診票は、インターネット環境さえあれば、端末の種類にかかわらず入力・送信ができる。おかげで、PDF の問診票をダウンロードして印刷、記入して来院時に持参するという来院者の手間はなくなり、診察時の待ち時間も短縮された。そしてクリニック側はデータ再入力の手間がなくなり、業務効率化に与えるインパクトの大きさを実感しているという。

回答はできるだけ選択式とし、手入力の手間を省いた。紙ベースの問診票と異なり、回答内容に応じて次の項目をインタラクティブに表示・非表示の設定ができ、入力する側にとっても分かりやすい

不妊治療の問診票は入力項目が多く、妊娠歴、手術歴、治療歴などは必要な資料を手元に置きながら自宅でゆっくり入力したいという要望があり Web 化したが、来院後に記入してもらう一般的な問診票であれば、同時接続ライセンスと Claris FileMaker Go を活用するだけで問診票をデジタル化することも可能である。その場合、新たな技術を習得する必要なく Claris FileMaker のみで開発できる。いずれにせよ、どちらにも対応できるフレキシビリティも Claris FileMaker の強みである。

サブカルテの画面。Web 問診票の情報はシートの左半分に集約され、診察を行いながら医師が右半分に情報を入力して完成させる

Claris FileMaker 導入により看護師の残業時間が 1/2 に

サブカルテシステムは、内製化支援のおかげでセントラルデータベースとして活用できるまでに拡張され、問診票以外にもさまざまな目的のために柔軟なアウトプットが可能になった。

迅速かつ正確に多様な切り口の集計・分析ができ、治療成績の可視化や学会でのプレゼンテーション資料の作成に役立つのはもちろん、以前は必要な情報の収集に時間がかかっていた診察の事前準備作業も軽減。その作業を担当していた看護師の残業時間は、システム導入前の半分以下になった。

また、SQL を活用して検査結果をサブカルテに自動入力する仕組みも構築。検査技師の業務効率向上にも成功している。

2022 年 4 月から一般不妊治療や生殖補助医療が保険適用となった。適用開始の 1 か月程前に内容が通達され、「治療計画書」を作成することが義務付けられた。外注で保険適用対応のシステムを開発してもらうには、提案から見積もり提出だけでも相応の時間がかかり、開発から実装・運用を考えると、とても 1 か月で対応できる内容ではなかった。しかし、同クリニックでは Claris FileMaker で内製開発をし、期限内に「治療計画書」作成ツールを開発した。

費用面の負担が減ったことから、今後ますます患者数の増加が見込まれている。そのため生殖医療科ではこれまで以上に、スタッフの業務効率化や患者の待ち時間削減が急務とされる中で、同クリニックでは Claris FileMaker の活用により、この課題の解消に向けて大きくリードしたといえるだろう。

治療歴や検査結果など過去のデータを自動で作成し、その患者の状況に応じ今回の治療計画を右半分の選択項目から選択して「治療計画書」を作成させる

医療の発展を促す Claris FileMaker 導入は業界に必須

Web 問診票の実装で、外部環境と接続できる安全な通信インフラを構築した筋野氏。今度はこの仕組みを活かして、同クリニックが実施するオンライン説明会の申し込み受付を Web システム化した。業務効率化だけでなく、CX(カスタマーエクスペリエンス)向上にも寄与する FileMaker Data API 活用のインパクトは大きい。今後は、サブカルテと BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを連携させ、さらにデータを可視化する基盤を強化していく考えだという。

「医療の発展は、現在行っている治療をきちん見返すことで成し得ると考えています。つまり、現場のデータを、アウトプット・解析して、その結果を治療にフィードバックすることが必要ということ。そして、それを実現するツールとしては FileMaker が最適です。そう考えると、生殖医療科にかかわらず、『医療業界全体で FileMaker を導入すべき』と言っても過言ではありません」(筋野氏)

“システム化”や“デジタル化”というと、人間味を感じなく冷たいイメージを持つ人も多いかもしれない。だが、同クリニックは業務を効率化して家族と過ごせる時間を増やし、スタッフのワークライフバランスや QOL 向上を常に考えている。「不妊治療患者に関しても、私自身が元患者であったゆえに、患者の“あったらいいな”を意識して開発もしています。そのような意味では、開発したシステムが“心を持った生物”であるかのように“温かみのあるシステムづくり”を心がけています」(筋野氏)

今回の取組みは、同クリニックが属する亀田グループ内でも注目されており、職員の自発的な業務改善活動を表彰する「亀田カイゼン・アワード 2022」にもノミネートされた。これをきっかけに同様の取り組みがグループ内に波及することを期待したい。

亀田IVFクリニック幕張のレセプション

【編集後記】

「亀田グループ全体、さらには全国の医療機関で FileMaker を導入し、医療発展の礎を築いて欲しい」と熱く語る筋野氏の言葉からは、なんとかして医療現場の課題を解決したいという熱意がひしひしと伝わってきた。事を成すには強い気持ちが必要ということを改めて感じさせるインタビューであった。