名桜大学にて FileMaker キャンパスプログラム 始動
沖縄本島北部、名護市の緑繁(しげ)る山原(やんばる)の自然豊かな環境に囲まれた名桜大学は、1994年に沖縄本島北部 12 市町村と沖縄県の出資による公設民営の私立大学として設立、2010 年に公立大学法人 名桜大学として生まれ変わった。大学の名称の通り、キャンパスには多くの桜が植樹され、全国で一番早く(毎年 1 月下旬)桜前線が出発する場所であることから名桜大学と命名された。
学生の構成は沖縄県内と県外出身者がほぼ半々で、北は北海道から南は石垣島まで全国から学生が集う。そのほか積極的に国際交流事業を展開し、ヨーロッパや北米、中南米、さらにアジアなど海外 17 か国・1 地域の 39 大学と交流協定を締結。多くの留学生を迎え入れ、キャンパスには多言語・多文化世界が広がっている。
名桜大学の教育の特徴にリベラルアーツ教育がある。リベラルアーツ ( Liberal Arts ) とは、自由な学問と芸術を意味する。大学教育においては「 Humanities =人文科学」「 Social sciences =社会科学」「 Natural sciences =自然科学」という 3 分野に分けられ、美術・歴史・数学などもその中に含まれる。
近年多くの大学で、国際社会で活躍するだけでなく、地域社会と共存共生する人材の育成を教育目標に掲げており、名桜大学もその 1 つだ。名桜大学のリベラルアーツ機構では、言語学習・数理学習・ライティング・ICT 学習・外国語教育など、さまざまな教育を統括し、学生をサポートしている。たとえば数理学習センターでは、学生は統計解析ソフト SPSS などが使用でき、卒業研究の資料作りなどにも気軽に利用できる環境にある。そのような教育の一環として 2022 年度から名桜大学が取り入れたのが、Claris が提供する ローコード開発プラットフォーム を利用した FileMaker キャンパスプログラムだ。
リベラルアーツ機構の数理学習センターでセンター長を務める立津 慶幸 上級准教授は、物理学を専門とし、自身の研究や大学のデータ管理・運営の効率化にむけて、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を活用している。いちユーザとして、 FileMaker カンファレンス 2019 (現: Claris Engage Japan) に立津氏自身が参加した際に、参加したセッション: ”キャンパスプログラム実践報告”で 北海道で展開されていた FileMaker キャンパスプログラムの実践報告発表を聴講する。そこで北海道の複数の大学で非常勤講師を務める 有賀 啓之氏に名桜大学でのキャンパスプログラム導入を相談した。
立津氏が FileMaker カンファレンス で感銘を受けたのは、公立千歳科学技術大学、札幌国際大学、斜里高等学校における学生・生徒の学びとアプリを完成させるという体験報告であった。
立津氏は、「大学の講義は、アカデミックな専門知識を学びます。その一方で、学習したことをすぐに使う機会は、ほとんどありません。データベースの授業でデータを使って社会課題を解決したり、学生自身がアプリ開発を体験して、‘自分でもできそうだ’ と思えることが大切だと感じました。ぜひ FileMaker キャンパスプログラムを申請し、この学生自らが課題を見つけてアプリによって解決を図るという取組みを名桜大学でも実現したいと感じました」と導入当時の思いを振り返る。
PBL(課題解決型学習)に取り組むために
PBL( Project Based Learning )は、文部科学省が推進するアクティブラーニングの 1 つで、学生が受け身ではなく能動的に学ぶことを目指す。2023年度からデータサイエンスが学べる「健康情報学科」を新設する名桜大学では、学生らが名護市や民間企業など、地域と連携しながら学習する実践・体験型の教育を目指しており、2025年度からPBLの講座を開講する準備を進めている。
2023 年 4 月、名桜大学では 観光立県沖縄で国際的な視野と専門性を有する人材を育成するため、国際学部を新設。また、国際観光産業学科をはじめとする 3 学科を新設する。フィールドで実践力を育て、より明確な学びを展開することを目指すものだ。今や観光は日本における重要なビジネスであり、従来の運輸・宿泊・飲食・サービス業との協働をより強化しなければならない。そのためには、スマートフォンアプリを活用した IT によるツーリストナビゲーションや、多言語対応のための文化理解の深化、サービスの質向上は不可欠である。学生たちはこれらの課題について、さまざまな面から学んでいくことになる。
名桜大学の学びでは、学生自らが実際に地元の商店などを訪問して課題を調査し、その課題を解決するために IT を活用することが期待される。立津氏は、「プログラム学習でコードを学ぶことも大切ですが、PBLを見据えて学生がいち早く地元の課題を IT で解決する提案を実現するためには、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を採用するのが最適だと判断しました。将来的には卒業研究で地域創生をテーマとして学生が取り組み、地域課題を大学と地域が一体となって解決することが理想です」と語る。
5 日間の集中講義で学生がアプリを企画し開発
2023 年 2 月に実施された講義は、全 16 回の授業構成で 2 単位が取得できるコンピュータを活用したスマートフォンアプリ開発実習。授業の到達目標は、”身の周りの問題を認識してその問題の解決に必要なデータを自ら収集し、問題解決を試行するスマートフォンアプリ開発とその操作により、データベースとデータ分析の基礎技術習得” を目的としている。
授業で習得する内容には、アプリを開発するうえで重要な以下の項目が含まれている。
- 作成したいアプリの構想と、手書きでのアプリの画面遷移図作成
- 個人の取り組み状況についてクラスで共有。また、手書きでのスマートフォンアプリの修正イメージ作成
- レイアウトデザインの作成と画面切替えスクリプトやボタンの作成
- 繰り返し行う操作を自動化するための「スクリプト」を理解し実装
- データベーステーブルとリレーション紐付けを理解し関連するレコードを表示
- レイアウトおよびレコード処理と関連する操作を自動化するためのスクリプトステップを理解
- 構想したアプリケーションの実現に向けてのアプリ開発
成績評価基準は、レポート提出(スライドおよび開発したアプリ提出)、最終プレゼンテーションが含まれる。まさに 5 日間の集中講義で、どこまで完成度の高いアプリができるかの短期決戦だ。
ここまで聞くと、履修生は情報系の学生かと勘違いするかもしれないが、そうではない。履修した学生は、アプリ開発に興味はあるものの、開発経験者でもない文系の学生だ。履修条件も下記の通り、特定の技能を習得しているわけではない。
- 履修条件:
- 事前・事後学習・演習中心の授業のため、出席を怠らない人。パソコンを用いた演習が主であるため、キーボード操作や基本的なインターネット検索スキルが身についていることが望ましい。
プロ開発者でも一番悩ましいアプリの企画
アプリの企画は、プロ開発者でも一番悩ましく時間がかかる作業であるが、身近な課題を解決することをテーマに学生らは短時間で取り組んだ。なかでも目を引いたのは、名桜大学 1 年生 名城さんの企画書だ。名城さんのアイデアは、奨学金の返済も考慮した家計簿アプリ。多くの学生にとっては非常に身近な問題でもあるさまざまなお金を管理し、消費分類を可視化してグラフでわかるようにしたいとアプリの構想を練った。
iPhone で動く カスタム App を作成する
今回の講義では学生全員が iPhone を所有しており、自分の iPhone 上で稼働するカスタム App を作成した。ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker は、App Store で無償公開されている FileMaker Go を使うことで、macOS や Windows OS 上で開発したアプリを即座に iPhone や iPad で稼働させることができる。カスタムApp は、組織内で使用する業務用アプリを非公開に配信することが可能で App Store を介さずに実行ファイルをイントラネットや Email 添付・AirDrop で配布することができる。
「5 日間でアプリが作成できるとは思っていなかった」
今回の講義で学生が開発したカスタム App は、” ToDo アプリ”、”出退勤管理アプリ”、”家計簿アプリ”といった個人での利用も想定されるカスタム App だ。授業の前半では、実際に作成したいアプリの構想と、手書きにてスマートフォンアプリのイメージ作成をまず発表した。
講義に参加し ToDo アプリを作成した 名桜大学 1 年生でネパール出身の カンデルさんは、次のように語る。
「最初は、アプリ作ったこともない自分が、5 日間でアプリが作成できるとは思っていなかったですが、実際に使い方さえ理解してしまえば、後は難しく感じるところはありませんでした。初めての開発経験 5 日間で予定していた機能の 95 %を実装することができましたので、もっと時間があれば通知機能や日記機能を追加してみたいです」
「授業 16 コマ では時間が足りない!」
同じく 1 年生で 出退勤管理アプリを作成した若原さんは、“自分の働いた時間を管理したいと考えてアプリ作成を始めました。複数のアルバイト先で異なる時給でも計算して日給表示できるようにしました。アルバイト先は紙で管理しているので、スマートフォンで出退勤できるように変えられるとよいと思います。もっと時間があれば、欠勤・有給の申請もできるように作ってみたかった”と言う。
同じく 1 年生で ToDoアプリを作成した山内さんは、具体的な画面遷移とボタンのアイコンや機能詳細を事前にしっかりと決めてイメージを膨らませて開発に取り組んだ。16 コマ終了時点での完成度は60%。「あと2週間あれば完成度が高められると思います。」と Claris FileMaker を使ったアプリ開発に興味を示した。
想像以上の完成度だった
5 日間の集中授業を終えて立津氏は、「終わってみて学生達のアプリは、想像以上の完成度でした。当初想定していた以上の成果を得られました。データベースの概念と実際に動くアプリのレイアウトをどのように紐付けるのか、という部分で学生達の理解を深めることができました。また、外部講師の有賀氏を招聘(しょうへい)したことで授業を客観的に見ることができました。後ろから学生の手の動きを見て、誰がどこで理解が詰まっているのか、学生が理解できなくなったであろうテーブルリレーションのポイントで有賀さんの講義を一時中断して、これまでの復習をまとめる形で私のほうから補足することができたので、学生の疑問点を解決しながら講義を進めることができたと思います」と振り返る。
学生たちが化けるのが楽しみ
北海道の 3 つの学校でキャンパスプログラムの指導をしてきた有賀氏に、今回の名桜大学での取組みについて聞いてみると、「私自身も学生を相手に 5 日間という短期集中講義をすることは初めてでしたので少し心配していましたが、想像以上の成果が生まれて本当に嬉しいです。日々の業務ではお客様を相手に開発を行っていますが、ある程度想定範囲の開発依頼がほとんどです。でも、学生は私が考えもしなかったことを発言したり、教えてくれますから、新しい感性に気付かされ、良い刺激をもらいました。北海道でも沖縄でも、この若い感性は同じです。学生達はこちらの想像を超えて先に進みます。この化ける瞬間に一緒にいられることが何よりの楽しみです」と学生と過ごす時間の貴重さを語ってくれた。
【編集後記】
日本では少子化の進行に伴って大学生の数は減り続けており、とくに地方の大学は生き残りをかけて受験生に選ばれる大学を目指す必要が出てきている。これには単なる偏差値だけではなく、立地、環境、教育の質、学ぶコンテンツ、就職に対応できる人間形成など多くの要素が求められる。
名桜大学には、穏やかな気候で美しい海や山が広がる観光資源豊富な沖縄で学びたいという若者が日本全国からやって来ている。また沖縄という土地柄、英語に触れる機会が豊富である。多くの留学生を迎え入れ、チューターとして言語教育をサポートする学生も多い。国際社会で活躍するための英語学習に重点が置かれる昨今、これらは大学としての強みである。
そして学習環境や英語とは別のアピールポイントになりうるのが、IT 教育である。
今回の講義では、iPhone で動くアプリの開発、学生同士がアプリ構築する際の意見交換や、外部講師招聘による実践的な演習、プレゼンテーションなどが行われた。学生にとって大変魅力的な要素を含んだ講義だったのだろう。参加した学生の後日アンケート結果では、”もう 1 週間時間があれば良かった”、”続きの授業が受けられるのであれば受けたい”、”来年の授業のチューターとして参加したい” など、アプリ開発への興味が見られたという。2025 年度に新しい講座 PBL を開講する名桜大学の今後のキャンパスプログラムから目が離せない。