1300 年以上の歴史を誇る伝統的な漁法「鵜飼」で有名な岐阜県の美しい清流、長良川。夕暮れ時、松明の灯りに照らされて鵜匠と鵜が一体となってアユを捕る様子は圧巻で、観光客にも大変人気のスポットだ。
その美しい長良川の南北に広がる岐阜市全域に上下水道サービスを提供しているのが、岐阜市上下水道事業部だ。岐阜市 DX 推進計画の下、2022 年 (令和 4 年) より Claris FileMaker を導入し、デジタル化と働き方改革に取り組んでいる。そんな上下水道事業部 下水道施設課に、現在の DX 運用状況について話を聞いた。
昭和初期から清流 長良川を守り続ける
岐阜市内の上下水道行政を担い、市民の生活環境を支える重要な役割を果たしている岐阜市上下水道事業部。水道事業に着手したのは昭和 3 年 (1928 年) のこと。昭和 9 年 (1934 年) に下水道事業に着手し、当時では画期的な汚水と雨水を分けて処理する分流式下水道を日本で最初に採用した。最初の布設から 90 年の年月にわたって延長されてきた岐阜市の汚水管の全長は 2023 年 3 月 31 日現在 約 2,253 km で、なんと新幹線の東京ー博多間の往復距離相当になる。それらの汚水管は中部・北部・南部・北西部の 4 つのプラント施設と流域関連公共下水道で管理され、岐阜市の約 40 万人の市民の生活環境を支えている。
「岐阜市 DX 推進計画」で昭和初期からの記録手段、紙からの脱却に挑戦
「岐阜市 DX 推進計画」の「働き方改革」の取り組み事項には、「ペーパーレス化」やオンライン上で迅速な情報共有等を可能とする「タブレット端末の導入」について明記されている。下水道施設課でも令和 3 年 (2021 年) からそれらの検討をしてきた。特に「働き方改革」として IT 投資を積極的に行う目的の一つが、紙の資料を探す時間を減らすことだ。
「90 年の歴史が記録された書類すべての電子化は不可能だとしても、今からでもデータの電子化に着手しなければ、未来の岐阜市上下水道事業部を担う職員に怒られますからね」と話すのは、下水道施設課主幹兼係長の野々村 良 氏だ。
「竣工時の工事の資料を見るのに、書庫に行って該当するページを探すのは大変な作業です。設計書のデータというのはプロジェクトの思想を読み解くもので、設計者の考え方が理解できます。付随する工事の履歴や設備の情報を把握していなければ、下水道事業という数十年規模のプロジェクトを維持運用して後の世代に引き継ぐことはできません。それらの資料が電子化されていなければ、目的の情報にたどり着くのは大変な時間と労力が必要です」
現場に行かなくても、瞬時にデータにアクセスして調べることができるように
「下水道事業では、老朽化具合の予測と工事優先度を図るうえでストックマネジメント(※1)計画が必要です。そのためには施設・設備などの経過年数や修理履歴も情報分析に必要な要素です。紙の台帳は表計算ソフトで管理していましたが、詳細情報を得るためには紙媒体の完成図書の確認および各処理場担当者へのヒアリングを行うしかないという状態でした。完成図書は、書庫で一括管理しておりましたが、必要な情報や図面を探すのに非常に時間がかかり、各処理場への担当者ヒアリングも職員への負担にもなります」と語るのは、下水道施設課 副主査 河村 光 氏。
(※1)ストックマネジメント:下水道事業の役割を踏まえ、持続可能な下水道事業の実施を図るため、明確な目標を定め、膨大な施設の状況を客観的に把握、評価し、長期的な施設の状態を予測しながら、下水道施設を計画的かつ効率的に管理すること。 (国土交通省 ホームページより)
4 つの処理区にある設備は合計して約 4,500 点。工事・施設・設備を一括して管理しながら耐用年数を確認することが求められた。さらに効率的に業務を進めるため、現場の点検に活用できるモバイルデバイスを活用することも課題の一つだったという。
そうしたなかで、現場の担当者たちでタスクフォースを組み、システムの詳細仕様を決め、「下水道施設・設備台帳システム構築業務委託」として事業を入札に出したという。参加したのは 7 社。そして落札したのが、中日本建設コンサルタント (株) 岐阜事務所だった。同社では 1995 年頃から FileMaker を導入しており、その管理ノウハウや DX への取り組みの提案は、行政の多くの事業で採用されている。
FileMaker でのシステム構築と現場写真の撮影を担った中日本建設コンサルタント DX 推進室 課長 北島 寿男氏は、「当社では、FileMaker を使ってさまざまなデータを管理しています。台帳などの多くは FileMaker です。初心者でも使いやすくてカスタマイズしやすい点を評価して、長年利用しています。今回の台帳システムの構築では、全現場に行ってすべての設備を確認し、写真を撮影し記録していきました。それらの作業は大変でしたが、データベース化することで職員の方々の現地確認する時間を少しでも削減できるのであればと、やり甲斐もありました」と語る。
下水道施設課野々村氏は、「データベース化されたことは、働き方改革につながります。職員は他部署から下水道施設課に配属されても数年で異動する場合がありますから、膨大な資料を短期間で新しい担当者に引き継ぎするのは無理があります。FileMaker を導入したことで仕事の効率は上がりますし、検索性・見読性は大変良くなりました」と今回の導入の成果を評価する。
「下水道施設は基本的にコンクリートで覆われていますし広大ですので、通信電波の圏外になります。ですので、オフラインでも稼働する Claris FileMaker Go なら、iPad で施設情報の確認や点検業務ができるのでありがたいです。現場で働く職員も iPad は抵抗感なく自然に使えています」と河村氏。
最大のベネフィットは LGWAN 内で使える FileMaker ライセンス
「実は、中日本建設コンサルタントさんに納品していただいたシステムのなかでの最大の副産物は、LGWAN (総合行政ネットワーク。地方公共団体を相互に接続する行政専用のネットワークのこと) の中で使える FileMaker のライセンス (※2) なのです。今までは表計算ソフトを使うしかない状態で、DX を進めるのにも限界がありました。
データベースがないと、DX に取り組もうにも限界があります。クラウドサービスだとこの機能は月額いくら、といったライセンス費用がかかりますし、そこから何か違うものを生み出すことはできません。でも FileMaker はアプリをいくつ作っても課金されませんから、これからできることが増えたと思います。今から少しずつでもデジタル化してデータを整理しておかないと、今後配属されてきた人が不便になります」と河村氏は今後を見据える。
(※2) FileMaker ライセンス:今回、岐阜市下水道施設課が導入したのは、“FileMaker 永続同時接続ライセンス” で、近年 公共機関・医療機関・電力会社などでも多く導入されている。ユーザを特定する必要がなく、同一組織内の Claris FileMaker Pro のインストール台数にも制限はない。さらに、iPad (FileMaker Go) や Web ブラウザ経由であれば、職員に限らず外部の利用者もアクセス権を付与されることでデータにアクセスして利用できる。
野々村氏は、「日本各地で発生する震災に対する備えとして、資料の電子化は重要な役割を担います。上下水道はライフラインですが、地震でそのインフラが損壊したときに、施設・設備の情報が現地に行ってみないとわからない、紙の設計図を探さないとわからない、ということになると、迅速に復旧活動に取りかかれなくなる可能性は高いです。また、他の地域から応援に来ていただいた場合、施設の状況を確認できるデータベースがあれば、復旧も早くできると思います。私たち岐阜市の上下水道施設の DX 状況のように、全国の上下水道の設備データがデジタル化されるとよいですね」とこの取り組みの広がりに期待する。
【編集後記】
今回のインタビューで印象に残ったのは、現在の自分達の業務ばかりでなく将来の日本のために「今こそ、自分たちがやらなければ」という意識で DX を推し進める職員の言葉だった。岐阜市が取り組む DX は単なる業務効率化にとどまらず、既存のサービスや業務の方法までも変革し、新たな価値を創出することを目指している。FileMaker が LGWAN の環境下で利用できるようになったことにより、業務フローの自動化は目前だ。これからも現場主導の DX の灯火は消えることはないだろう。また、彼らの DX にローコード開発が一役買うことになるのは間違いない。今後の岐阜市の取り組みに期待が高まる。