事例

福島県立医科大学が FileMaker を活用し実際の病院に即した環境で演習を展開

目次

  1. 高度な専門機器・システムを備えた福島県立医科大学
  2. 学生にとって非常に恵まれた実習環境
  3. 医療情報学演習に FileMaker キャンパスプログラムを導入
  4. Claris パートナーが全面協力して実現した学びの環境
  5. 医療現場でのシステム間情報連携の実際を確認
  6. HIS、RIS、画像ビューアなど、実際の医療情報システムを使用
  7. 『講義で聞いたのはこのことか!』 学生の雰囲気ががらりと変わる演習
  8. 学生自ら電子カルテシステムを操作し、画像検査オーダーを実行
  9. 将来の臨床現場で生かせる学びを育む環境を

1. 高度な専門機器・システムを備えた福島県立医科大学

福島県民の保健・医療・福祉に貢献する医療人の教育・育成を目的に設立された福島県立医科大学。大規模震災や津波、さらに原子力災害という複合災害を経験した同大学は、福島県の医療崩壊を食い止めるべく尽力し、震災後も健康と医療の面から復興を支えてきた。開学以来、医学部のみの編成であったところ、1998 年に看護専門職者を育成するための看護学部が開設され、さらに 2021 年 4 月に地域医療を支える専門医療技術者を育成するために保健科学部が開設された。これにより 3 学部 6 学科を擁する医療系総合大学へと発展してきた。

2021 年に新設された保健科学部の授業は、JR 福島駅に近い福島駅前キャンパスのビルで行われる。理学療法学科、作業療法学科、診療放射線科学科、臨床検査学科で構成されている。同学部の学びの特徴は、チーム医療を担う専門医療技術者に必要とされる知識・技術に加え、総合力を身につける実践的な科目が多く配置されている点だ。また、福島県の地域医療や災害医療に関連する科目も配置し、地域医療の課題を重視したカリキュラムを実施している。3 学部の合同授業を通して、多職種連携・チーム医療の実際を経験できることも特徴である。さらに、2025 年 4 月には大学院(保健科学研究科)が開設される。

2. 学生にとって非常に恵まれた実習環境

保健科学部 4 学科のうちの 1 つ、診療放射線科学科は画像診断技術学や核医学技術学、放射線治療技術学に加え、放射線管理や画像情報解析学に関する教育を行っている。また、実際の病院と同程度の画像診断機器を使用できる充実した実習環境があることが大きな特徴である。福島駅前キャンパスには、X 線撮影装置(レントゲン)をはじめ、X 線 CT(コンピュータ断層撮影)装置、MRI(磁気共鳴画像)装置、透視動画として撮影するX線透視装置など、高度なモダリティ機器が学生の実習のために設置されている。「一般的な病院の放射線部門と同程度の画像診断機器類や放射線計測器などの演習機器を設置し、最新・高度な機器を直に触れることができます」(保健科学部 診療放射線科学科 講師 広藤 喜章氏)。多くの診療放射線技師養成校では、研修先の病院でこれら画像診断機器を操作見学する程度というから、学生にとって非常に恵まれた実習環境だ。

保健科学部 診療放射線科学科 講師 広藤 喜章氏

3. 医療情報学演習に FileMaker キャンパスプログラムを導入

診療放射線科学科は、3 年次(専門科目)に診療画像検査技術学や核医学検査技術学などとともに医療情報学を履修する。医療情報学は座学 15 コマ(15 時間)と、演習 15 コマ(15 時間)で実施されている。演習では、電子カルテシステムや放射線部門システム、医事会計システムなどを実際に操作しながら、患者情報や検査情報、会計情報などがシステム間でどのように連携されているかを理解し、機器操作を習得する。この電子カルテシステムを開発したプラットフォームが Claris FileMaker である。診療放射線科学科では、学生が同システムを各自操作できるよう Claris が提供する教育機関向け特別プログラム FileMaker キャンパスプログラムを採用している。

さまざまなモダリティ機器(医用画像を撮影する機器)とともに、こうした一般の病院と同等の病院情報システム環境を保健科学部創設時に整備した背景やその価値について、広藤氏はこう説明する。「アカデミックな学修だけでなく、医療の現場に近い環境で実際に機器の操作体験を通して理解し、学ぶ必要があるからです。附属病院の電子カルテの操作ができるのは診療に携わる医療スタッフだけであって、患者情報を診療以外で使うことは許されていません。医師の検査オーダーから実際の検査実施、会計処理までの情報の流れを演習で体験することは学生にとって非常に重要な意味があります。ここまで充実させた演習環境は、医療技術者養成学校で唯一と言えるものです」(広藤氏)

株式会社エムシス 代表取締役 秋山 幸久氏

4. Claris パートナーが全面協力して実現した学びの環境

Claris FileMaker をベースに作られた電子カルテシステム「ANNYYS EVE」を提供する株式会社エムシス(東京都世田谷区)の代表取締役の 秋山 幸久氏は、診療放射線科学科への同システムの導入・採用に至った経緯をこう話す。

「医療情報の連携において使用される規格で、放射線領域における手技・行為を表現する標準化コード(JJ1017)や臨床検査項目分類コード(JLAC10)などは、診療放射線科学科の学生が特に理解しておくべきコードのようです。ANNYYS EVE はそれらのマスタを実装済みだったことに加え、演習で使用する際に必要なさまざまな機能・要望を満たせることが可能だったことが採用の決め手になったのかもしれません」(秋山氏)

ANNYYS EVE は macOS、Windows、iPad などマルチデバイスに対応する

もともと Claris FileMaker のユーザであった広藤氏は、「私自身、非常に手軽に利用できるローコード開発プラットフォームだと感じていましたが、 FileMaker で電子カルテシステムとして『ここまでできるのか』という驚きがありました」と評価している。同氏は大手ベンダーの電子カルテシステムを見てきたというが、「学生が演習で操作するにはそれらは複雑すぎると考えていました。それに対し ANNYYS は(ユーザインタフェースが)理解しやすく、演習にはもってこいのシステムです」(広藤氏)という。

医療情報学演習で使用する環境は、HIS と称される電子カルテシステム(ANNYYS EVE)、RIS と呼ばれる放射線科情報システム(MindRIS、メディカルゲートウェイジャパン製)、医事会計システム(ORCA、日医標準レセプトソフト)、RIS と接続した各種モダリティ機器である。診療放射線技師が知っておくべき、これらのシステム間の情報連携の内容と実際の画像検査の体験ができるようになっている。

ANNYYS EVE (Claris FileMaker) JJ1017 実装の RIS オーダー画面

5. 医療現場でのシステム間情報連携の実際を確認

この演習環境を利用したカリキュラムは、診療放射線科学科第 1 期生である 2023 年度の 3 年生に続き、第 2 期生となる 3 年生で 2 年目を迎える。2024 年度の同演習第 1 回目は、主に HIS と医事会計システムとの情報連携についての実習を行った。具体的には学生 ID を使った HIS へのログインから始まり、医事会計システムを起動して外来患者の受付などを体験。さまざまな診療行為の情報を医事会計システムに送ることから診療報酬・患者負担額の計算などの会計処理業務まで、一連の情報連携を学んだ。医事会計システムでの患者受付や電子カルテへの患者登録業務は診療放射線技師の業務には含まれない。しかし、放射線部門の業務が診療報酬の算定に直結し、それが医療機関の収益となり、最終的には自身の処遇や待遇に反映されることを学生に理解してもらう狙いだ。

演習室で利用されている 電子カルテ ANNYYS EVE と 医療画像管理システム

6. HIS、RIS、画像ビューアなど、実際の医療情報システムを使用

第 2 回目の演習では、放射線部門で運用する RIS と医療画像管理システム(PACS)などの具体的な機能をあらためて学習。その後、HIS の画像検査オーダーに始まり、RIS による患者受付、モダリティ機器へのオーダエントリー、実際のモダリティ機器などを操作しながら情報がどう連携されているかの各画面上での確認などを行った。HIS による画像検査オーダーは本来医師が行う業務だが、情報の発生・連携により放射線部門の担当者が何を確認し、どう操作していくのか理解することを狙いとする。あらかじめ講義では医療情報のやりとりに使う規格・用語を座学にて学習している。演習ではそれらが実際にどのような機能として使用されているか、システムを操作することにより理解を深める内容になっている。

第 3 回目以降の演習では、モダリティ機器で撮影した画像を確認・修正する検像システムの操作、読影のための医用画像モニターの体験実習、医療現場で行われている患者の放射線被ばく量(線量)管理、ネットワークの実際などを学ぶ。

学生は演習内で実機を操作しデータの流れを理解する

7. 『講義で聞いたのはこのことか!』 学生の雰囲気ががらりと変わる演習

2023 年度に続いて 2 期目の演習授業を担当した広藤氏は、システムの操作体験を通して学生が医療情報学の理解を深められたことを大いに実感している。「座学のときとは学生の雰囲気が明らかに異なります。特に医療情報学は診療放射線科学の中心的学問分野ではないため、座学の一方的なレクチャーでは学生たちの理解しようという意識が薄いと感じています。ところが実際の現場業務に即して電子カルテや RIS を使った演習を行うと、学生の表情や理解意欲がまったく違います。『講義で聞いたのはこのことか!』という様子がうかがえます」(広藤氏)とこの演習を評価している。

8. 学生自ら電子カルテシステムを操作し、画像検査オーダーを実行

学生自身も、電子カルテを操作したり、実際の放射線部門の業務を体験することの価値を感じているようだ。

「座学だけでは想像しにくかった医療情報システムについて、理解を深めることができました」

「電子カルテや RIS などが情報連携していることは座学で勉強しましたが、実際に各システムを操作して電子カルテによる情報処理の範囲、RIS に伝達されて DICOM データでどう表現されているかなどがよく理解できました」といった感想が次々に上がっている。

電子カルテでの患者登録や画像検査オーダーの発行などの一連の業務を体験したことで、それらが就職後に大きく役立つだろうという意見も多く見られる。

「放射線科部門以外の職種の方が行う操作を体験でき興味深かった。今後の病院実習や実際の臨床に生かしていきたいと感じました」

「現場でどのように情報処理が行われているのか知ることが将来プラスになると思いました」あるいは、「実際に患者登録などをしてみて、非常に大変な仕事であると感じました」と、医療機関の現場業務への理解を深めたようだ。

9. 将来の臨床現場で生かせる学びを育む環境を

実際の医療情報システムを操作する体験を通して、医療の現場・現状を知ってもらうことがこの演習の主眼だと言う広藤氏。こうした操作体験や実際のデータ処理の流れを理解することを通して、「将来的に AI を駆使したオーダリング機能やエラーを事前に回避する機能などが実装されたシステムを開発したいという学生が現れたら嬉しい」(広藤氏)と期待する。ANNYYS EVE の操作や医療情報についての講義を支援した秋山氏も、「医療情報の標準化が進展するなかで、こうした演習がきっかけで興味を持った学生が画期的なIT ツールづくりにも関心を持ち、システム開発をリードする人材になってもらえたらありがたい」と述べた。

今後の演習について語り合う 広藤講師と秋山氏

【編集後記】

大規模病院並みの画像診断機器がそろっているうえ、学生が自らのアカウントで電子カルテシステムなどを操作できる医療情報システムが整備されているのは非常に恵まれた学習環境だ。一般的にはそうしたシステムは、病院実習に出向いて初めて目にすることになるだろう。それを演習で体験することができるとなると、病院実習での理解も深まるだろうし、また将来、診療放射線技師となったとき就職先でも大いに生かされることと思う。

Claris FileMaker は、ローコード開発の容易性から国内の医療機関で数多く利用されており、現場の医師をはじめとする医療従事者が開発したさまざまなアプリケーションが業務の効率化や医療サービス向上のために運用されている。また、福島県立医科大学保健科学部の演習用に導入された電子カルテシステム、あるいは放射線部門の業務システムなど、Claris FileMaker で開発されたベンダー製システムもある。それらを個々の学生が演習に利用するために、FileMaker キャンパスプログラムが活用されていることは意義深い。同学部の卒業生がそうした体験を生かし、専門医療技術者として医療現場を支え地域医療を担っていくことが期待される。