事例

救急医療の業務効率化を支援する FileMaker プラットフォーム

本セッションは 2024 年 11 月に開催された Claris カンファレンス 2024 のメディカルセッションの内容を取材記事としてまとめた内容です。実際の動画はこちらより視聴いただけます。
演者:
TXP Medical 株式会社 代表取締役医師 園生 智弘 氏(救急集中治療医)
信州大学医学部附属病院 高度救命救急センター 助教 上條 泰 氏
済生会 横浜市東部病院 救命救急センター 医長 風巻 拓 氏




目次

  1. NEXT Stage ER 導入の 2 病院に見る運用成果
  2. 外傷患者データベースを FileMaker で構築
  3. 外部システムとの連携で FileMaker の可能性が広がる
  4. 救急現場のデータ管理、効率化に寄与する NEXT Stage ER
  5. 現場の悩みとニーズを包括して解決してくれる可能性を秘めたアプリ

1. NEXT Stage ER 導入の 2 病院に見る運用成果

近年、医師の働き方改革や医療現場のデジタル化(DX)の推進が求められているが、多くの医療機関では依然として紙を中心とした業務が続いている。膨大な書類作業は医療従事者にとって大きな負担であり、その改善が急務とされている。こうした課題に取り組む企業に、現役の救急科専門医が設立したスタートアップ、TXP Medical 株式会社がある。同社が提供する「NEXT Stage ER」は、ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を活用した救急・集中治療現場の患者情報記録と管理を効率化するシステムで、全国 70以上の医療機関で導入されている。

2. 外傷患者データベースを FileMaker で構築

済生会横浜市東部病院は「NEXT Stage ER」を導入した医療機関の 1 つ。同病院は三次救急指定病院として年間約 1 万 8500 人の救急患者を受け入れており、そのための膨大な情報を記録する作業に追われていた。

同院の救命救急センター 医長の風巻 拓氏は、「電子カルテ以外にも、例えば専門医申請・更新申請に伴う経験症例の登録、ドクターカー出動台帳、最近は RRT(院内迅速対応チーム)の活動における台帳記録などあります。これらは紙や Excel による台帳で運用されています」と、管理しなければならない現場データの多さを説明する。その課題を解決するため、紙で管理されていた外傷患者台帳などをローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker でデータベース化することにしたという。

外傷診療にかかわる施設は、日本外傷診療研究機構の「日本外傷データバンク」に症例を登録している。このレジストリ登録の際に、外傷の部位や重症度に応じた AIS(Abbreviated Injury Scale) コードと呼ばれる 7桁の数値にコーディングする必要がある。AIS コードは現在 1999 種あり、コードブックに細かく定義されている。毎週のカンファレンスで症例検討を行い AIS コードを決定して紙の台帳に記録し、メディカルアシスタント(MA)が「日本外傷データバンク」に手作業で登録していた。その外傷患者台帳を FileMaker で システム化したのである。

構築した「外傷データベース」は患者の基本情報や現場情報に加え、初期治療の内容や症例などを登録する。症例については、部位を選ぶと、その部位に属する臓器と損傷分類がリスト表示され、該当項目を選択すると自動的に AIS コードが入力される仕組みだ。「AIS コーディングの時間が飛躍的に短縮され、医師や MA から高く評価されています。本来、コーディングは医師以外がやるべきものなのですが、現在は(医師の監督がなくても)MA が 1 人で AIS コードを入力できるようになり、本来のあるべき姿に近づいたなと思います」(風巻氏)と 医師の働き方改革への取り組み効果を評価する。

FileMaker で作成した外傷患者データベース

3. 外部システムとの連携で FileMaker の可能性が広がる

同院では、外傷データベースに続き、重症外傷センターのデータベースなども FileMaker で構築。重症外傷センターでは、救命に必要な緊急処置が 1 か所でできる「Hybrid ER」と呼ぶ先進的な施設があり、その施設で治療する患者管理を「Hybrid-ER データベース」で行っている。また、「ICLS/BSL(心肺蘇生トレーニング)データベース」で、在籍する約 60 人のインストラクター、トレーニングコース、受講者の情報を管理している。

心肺蘇生トレーニングコースはその開催ごとにインストラクターを募集するため、これまでは院内の掲示板に日程を掲示し、事務員が電話で参加を受け付けていた。その効率化に LINE WORKS を導入し、インストラクターの募集・参加受付を行うことにした。「心肺蘇生トレーニングを FileMaker で管理するのであれば、コース情報を登録したら FileMaker から API 連携で自動的に LINE WORKS へ案内を転送し、案内を受け取った職員が選択で参加希望の有無を返信できるような機能を実装できるのではと考えました」(風巻氏)。

FileMaker と LINE WORKSの API 連携により、インストラクター募集がワンクリックでできるようになり、募集にかかる労力が激減。インストラクターからも「これまで掲示板を注意して見ていたが、iPhone に通知され、その場で返答できるので便利」と好評だという。「外部システムと連携することで、FileMaker の可能性が広がったと感じています」と風巻氏は話す。

Next Stage ER システム概要図

4. 救急現場のデータ管理、効率化に寄与する NEXT Stage ER

FileMaker と外部システムとの連携を進める際、高い壁となったのが電子カルテシステムとの連携だと風巻氏は指摘する。「電子カルテシステムは閉域ネットワーク環境であるためアクセスしにくいことに加え、診療記録は非構造化テキストデータなので利活用に適していません。また、救急患者の不応需(救急車の受け入れ要請を断ること)の削減を要求されますが、不応需症例を調査したくても、そもそも来院していないので電子カルテシステムにはその患者のカルテは存在しないのです」(風巻氏)。こうした課題の解決に取り組むなかで関心を持ったのが、TXP Medical の NEXT Stage ER だったという。

NEXT Stage ER は電子カルテシステムと連携してデータを取得できることをはじめ、救急患者の診療記録の正規化・構造化が可能だ。また、電子カルテとは別に症例レコードを持てるため不応需症例の蓄積・管理も可能であることなどが導入に至った理由だった。「所見入力で医師は “SOB”、”AMI”、といった略語を使うことが多いですが、略語で入力すると FileMaker スクリプトで自動的に “呼吸困難”、”心筋梗塞” と標準化された用語に置換されるようになっています。救急科専門医でもある TXP Medical 代表の園生氏が開発したアプリケーションだけあって、痒いところに手が届く機能を有しています」(風巻氏)と評価する。

稼動して 1 年ほど経つが、風巻氏は「カスタマイズの要望が迅速に反映され、当院にとって使いやすいシステムへと進化しています」と、アジャイル開発に適した FileMaker プラットフォームを採用していることの優位点を指摘する。「今後、不応需調査や臨床研究に活用していきたい」(風巻氏)と今後の抱負を語った。

5. 現場の悩みとニーズを包括して解決してくれる可能性を秘めたアプリ

信州大学医学部附属病院 から飛び立つドクターヘリ

同じくNEXT Stage ER を運用している信州大学医学部附属病院。高度救命救急センターを有する長野県における三次救急の中核拠点であり、ドクターヘリの基地病院でもある。ドクターヘリ活動の記録管理に NEXT Stage ER や内製開発した FileMaker システムを活用している。

高度救命救急センター 助教の上條泰氏は、ドクターヘリの活動における記録に課題があると指摘。ドクターヘリ活動は、できる限り迅速に現場へ赴いて傷病者の処置を素早く行い、そのうえで受け入れ施設に患者搬送することが使命だ。

ドクターヘリの出動は、消防の通信司令室から救急車出動指示が出ると同時に、ドクターヘリが必要と判断されると基地病院のCS(Communication Specialist)に出動要請が出され、そこからドクターヘリは救急隊と合流するランデブーポイントに向かう。その場で搬送されてきた傷病者の診断処置を行い、適切な受け入れ病院へフライト搬送するという流れである。

ドクターヘリの活動では「現場で見た景色をデータとして記録する、搬送先施設に必要な情報を効率よく共有する、活動結果のデータをきちんと整理するという 3 つのステップが非常に重要」(上條氏)であるが、その遵行に課題があったという。こうした現場活動記録、カルテ記載や活動記録システム入力、レジストリ登録の課題を解決したいと導入したのが、NEXT Stage ER である。

出動時の記録は iPad の Claris FileMaker Go で 「NEXT Stage ER Dr.Car/Heli」アプリを使用して入力し、帰院後に院内の NEXT Stage ER と同期して管理する。電子カルテと連携して転記し、レジストリ登録にはレジストリ連携データベースを介して中間ファイルで登録する仕組みを実現した。

「現場の悩みとニーズをすべて解決してくれる可能性を秘めていたため、NEXT Stage ER を採用しました」と上條氏は言う。

iPad アプリでドクターヘリ活動記録を入力

ドクターヘリの活動記録は iPad で行うが、ヘリコプターのフライト中は法律で携帯電話などの通信が禁止されている。しかし FileMaker Go アプリならオフラインモードでの使用が可能だ。帰院後にアプリに入力されたデータを、QR コードを使って電子カルテネットワーク内にある NEXT Stage ER に同期している。また、搬送先病院への情報共有は、搬送先施設の要望に応じて FAX 送信、または携行しているワイヤレス小型プリンタで印刷して渡している。

NEXT Stage ER を中心としたドクターヘリ活動記録の管理は、iPad のアプリから電子カルテやドクターヘリ台帳に自動登録でき、作業工程を大幅に効率化。レジストリ登録の課題もそれらの連携により解決できたという。

「病院外の医療活動ではいまだ紙が主体で、その情報を正規化するのは難しく、こうした活動記録のデータ管理において、FileMaker の役割は非常に期待できるものです。モバイル通信ができない機内環境でも使えるというプロダクトも、ドクターヘリ活動記録の電子化ニーズに沿っています」(上條氏)。

JSAS-R の症例登録には画面のレジストリ連携データベースを介して登録

【編集後記】

「NEXT Stage ER」の導入により、FileMaker プラットフォームの柔軟性や拡張性が多くの医療機関で高く評価されている。操作性の良さや他システムとの連携のしやすさは、医療現場で働く人々にとって大きな利点となっており、多くの医療機関で医師の働き方改革の一助になっている。また FileMaker に蓄積された臨床データは、効率的に研究や論文資料作成を進めるのにも活用できる。これは医師やコメディカルの負担を減らせるとともに、医学や医療サービスの発展にも寄与するという社会的意義も大きい。

もしあなたが医療に関心があるならば、こうした現場の課題解決に挑むことは、やりがいのある仕事になるかもしれない。医療の資格を持っておらずとも、エンジニアとしてこのような現場に携わることで、医療現場に貢献することになるのだ。今回のセッションで紹介された TXP Medical のように、FileMaker のスキルを生かして医療現場に貢献したいと思った方は、ぜひ同社の採用情報をチェックしてみてほしい。