事例

災害を防ぐための地質調査を iPad でデジタル化

調査のため屋外に持ち出す資料のデジタル化や、データ管理を最適化した有限会社太田ジオリサーチ。システム開発に至った経緯や、具体的な改善内容、今後の展望についてプロジェクトの中心人物である太田ジオリサーチの川浪聖志さん、合同会社イボルブの八木省一郎さんにお話をうかがった。

業務を効率化するために、より良い方法を模索。

日本で起こる崖崩れや地すべり、土石流。そんな土砂災害を防ぐために地質の調査や、地盤の検査、対策などのコンサルティングを行うのが、有限会社太田ジオリサーチだ。土木工学や地質学を学んできたエンジニアが在籍しており、自治体の測量・地質調査・設計業務から一般家庭の宅地コンサルティングまで幅広く活動。業務には国や自治体が管理している広大な土地を徒歩にて巡回し、倒木や崩落・落石の恐れがあるところはないか、既存の対策施設について修繕するべき箇所がないか確認する点検も含まれる。2 〜 3 人からなるチームで決められたチェックポイントを歩いて回り、 専門家の視点で確認し、安全を監視している。問題箇所があれば、写真を撮影し位置情報とともに、管理者に報告する。山地・丘陵地で人が住んでいない箇所を確認することもあり、時には電波の届かないエリアを巡回することもある。その歩行距離は、月間 80 km を超えることもあるが、毎回決まった人が同じルートをたどるわけではないため、データの共有が大きな課題となっていた。以前から FileMaker を活用していたが、集めた情報をオフィスで管理するデータベースとしてしか使用できていなかった。

そんな中、FileMaker の機能を最大限に活かすことはできないかと考えたのが、川浪 聖志氏だ。
「モバイルデバイスを屋外に持ち出して利用することで、現場ですぐに報告書を作成でき、もっと効率的に業務を進められそうなのに、現状それができずにいることに歯がゆい気持ちでした。」

そこから業務の合間を縫って、 2019 年から情報収集のため、Claris が提供する、アプリ作成体験ができるハンズオンセミナーや FileMaker カンファレンス(現:Claris Engage Japan)に足を運び、 Claris パートナーの講演で共感を受けたと言う。合同会社イボルブの八木さんの講演で語っていたのが、『良いアプリというのは、サクサク動いて簡単に操作ができるものなんです』ということ。ちょうど日頃欲しいアプリに求めていたことそのままだったので、きっと話が合うのではと感じ、早速イボルブ八木氏へ連絡を入れた。

地図と、確認ポイントに関する記録がバランスよく配置されているレイアウト。

持参する資料はほぼ iPad mini へ。オフィスでの4時間の事務作業も削減へ。

約 1 年弱の開発期間を経て、 2020 年 4 月にシステム運用を開始すると、今まで巡回中に持参していた大量の現場詳細地図、カメラ、書類等はほぼ全てが iPad mini の中に収まることに。今までは現場からオフィスに戻り、デジカメで撮影した写真を SD カードをコピーして整理、コメントを書き入れ、地図の画像を取り込みさらにその画像を編集し、報告書を作成していたため、報告書の作成に約 4 時間以上の時間がかかる大きな作業だった。しかし、 FileMaker と iPad を活用することで、その報告書をほぼ現場で作成することができ、手間のかかる写真整理や出力、翌日の調査の準備作業なども大幅に時間短縮されたという。

「あれだけ時間のかかっていた報告書も慣れてくると 20 分ぐらいでほぼ完了します。内業全体にかかる作業時間は、5割 〜7割 まで削減できたのではないでしょうか。これまでレポート作成作業に使っていた調査翌日の午前中の時間は、別の仕事をすることができ、調査当日も比較的早く帰宅することができるようになりましたので、業務効率化にとても役立っています。」

現地では周辺状況を広く撮影する必要もあり、 iPad mini では広角撮影に対応できないため、デジカメで撮影しなければならない場合もある。その場合でも撮影データを、オンラインストレージサービス Dropbox の指定フォルダに格納するよう連携し、FileMaker Serverサイドでアプリ に自動格納する機能も追加され、大幅な作業効率化を実現したという。

「地図を持っていく、資料を印刷する、情報をまとめるとなると、今までは大量に紙を消費していました。今では iPad mini ひとつでまかなえるので、ペーパーレス化を実現しました」と iPad 導入で生まれた副次的効果も川浪氏は強調する。

今回の開発を担当したイボルブ社 八木氏は、
「太田ジオリサーチさんは、電波が入らない山道も行かれるので、アプリをオフラインでも問題なく動作させる必要があるところが最も大変でした。さらに、別の企業から提供された製品も連携して使用しているため、その動作確認を製造元のメーカーさんと相談して開発を進めました。また、iPad mini の画面上に地図を表示する際に、あまり小さすぎても見づらいため、画面上のスペースの使い方にも何度も修正し、理想のカタチに近づけていくこともありました。」 と 川浪氏と進めたアジャイル開発プロジェクトを説明する。

撮影場所、撮影者、写真サムネイルがひと目で分かる UI 。(守秘義務の都合上撮影ポイントや映像はぼかしております)

進化し続けるテクノロジーが浸透しさらに新しい技術の開発へ。

FileMaker 上で一元管理している調査データを視覚化することにより、積み重ねてきたデータの推移や変化がよりわかりやすくなる。例えば、地質や地盤を扱う仕事にとって、どこで撮影をしたかというのは重要だ。
「データが蓄積されて分析できると、重点的に確認すべき場所や重要度が浮き彫りになってきます。これらが実現できると、より調査の仕事が効率的に進められると思いますし、報告するお客様によりわかりやすくご提示できることにもつながり、国土の安全安心な維持管理にも貢献できます。FileMaker の新機能によりアプリもまた進化しますので、今後は iOS の GPS 情報を利用してさらにアプリを進化させていきたいと思います。」
と、川浪氏は八木氏との二人三脚でのアジャイル開発で進化できるアプリの未来に意欲を示した。

編集後記】
豪雨や地震などの自然の力によって、土砂災害や地盤崩壊が日本各地で発生している。太田ジオリサーチによれば、被災地域の調査をすれば、すべての地盤が崩壊しているわけではないことが確認できるという。同社は、地盤が崩壊する原因を明らかにするため、幾度となく現地調査を実施し、崩壊した地盤と崩壊していない地盤の比較をするなどして原因追求に努めているという。国民が安心して暮らせる社会に貢献するため、計測技術や対策工法など新技術開発に取り組んでいる太田ジオリサーチ社。限られた専門スタッフがより多くの現場で調査を実施するために必要だったのは、 熟練スタッフの従来の価値観や業務の取り組み方にこだわらず、積極的に最新の技術を取り入れてデジタル変革を現場で起こすことだったといえる。月 80km も歩く太田ジオリサーチの現場調査。一見すると DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、ほど遠い地道な作業に思えるが、プロセスを再構築し、ビジネスに生産性の向上・コスト削減・時間短縮をもたらすことで働き方に変革をもたらしたことから iPad と FileMaker による DX 実現の好例になったと推察される。