1905年(明治38年)に創立された日本最初の登山クラブである日本山岳会は The Japanese Alpine Club として世界的に知られています。国内外では登山をはじめとして、自然保護活動、登山教室、障がい者支援登山など、山に関するさまざまな活動を行なっています。そのため全国の支部と所属会員の名簿を管理するために古くから IT システムを導入してきました。これまでの課題や改善した業務、その裏にある会員の方々に対する想いについてお話をうかがいました。お話を聞いたのは、理事を務める永田弘太郎さん、Claris パートナー企業の株式会社サポータスの佐々木輝さん、大坂勇人さんです。
SFA ではなく JAC の会員管理業務に沿うシステム導入を 。
登山文化を日本に広めるために 100 年以上前に創立された公益社団法人日本山岳会(以下、 JAC )は、これまで多くの世界的偉業を成し遂げ、近年は祝日「山の日」を制定するなど登山界に貢献してきました。現在、東京の本部を中心に 33 の支部があり、全国におよそ 4,800 人の会員が在籍しています。特徴的なのは JAC の活動や運営のほとんど全てを会員のボランティアが担っていることです。全国の支部はそれぞれが独自のコミュニティとなり、世代や職業、住んでいる場所を超えて、山を愛する人々が集う登山クラブになっています。
運営や活動の多くは無償のボランティアに支えられていますが、JAC を統括する事務局は、全国の窓口としての役割のほか、予算管理や会員証の発行・管理などの事務作業を、3 人の常勤メンバーが担当しています。この作業を管理する最初のシステムを導入したのは 1980 年代初頭。旧式のシステムと人力で、なんとかがんばってきたものの、限界があったと理事の永田さんは語ります。
「古いシステムなので、機能の追加も困難で、検索機能もありませんでした。そのため、会員さんの情報を確認するのに膨大な時間を費やしていましたね。さらに、導入当時からずっと稼働しているため、動作も安定しなくなってきたんです。」(永田理事)
そのため、 2007 年に新しい管理システムを導入。しかし、この新管理システムは企業向けの営業支援システム(SFA) がベースになっているパッケージでした。当初はうまく応用できるように試行錯誤していましたが、そもそも営業で製品を売り上げるという組織ではない上に、会報の送付や、書類の制作等、最終的なアウトプットの多くが紙の書類であったため、 JAC にはなじまないものでした。
既成のパッケージシステムではなく、 JAC の業務に寄り添ったシステムがないかと探していたところ、 Claris FileMaker へとたどり着きました。 FileMaker を扱える会員がいたため、一定の段階までは開発を進めることができましたが、複雑な処理を実行するには技術ノウハウの限界があり、悩みを抱えていました。そこで、FileMaker の開発を引き受けてくれた会社が、株式会社サポータスでした。
3 日間かかっていた業務が、 3 時間で完了する業務効率化。
「正直、他の方が開発したシステムを引き継ぐというのは、不具合のリスクもありますし、責任の問題もありますから、難しいと判断するケースも多いと思います。ただ、私たちは、 JAC さんの会員を大事に思う気持ちや、困っている現状をなんとかお手伝いをしたいという気持ちでお引き受けしました。」(佐々木さん)
2015 年頃からサポータス社がシステム開発を引き継ぎ、2 年間の改修によるバージョンアップを経て、新しいバージョンの FileMaker で情報管理システムの稼働が始まりました。
「 JAC さんとお話しているなかで、実際使用しているうちに付け足したほうがいい機能、あったら便利な機能などが出てきました。その要望に私たちもスムーズに対応できたのは、FileMaker の アジャイル開発 への適応性があったからです。」(サポータス社 開発担当:大坂さん)
例えば、会員証の期限に関するシステムも追加した機能のひとつです。 JAC の会員証の期限は 3 年間で、更新を希望される方には、新しい会員証を発行して送付しますが、新しい会員証が不要な方もいます。そこで、会員証の更新情報や送付情報、入会年などを一括で管理する機能が活躍します。
これまで長年使用していたシステムは、会員証の発行や情報管理に関する作業に費やす人的作業時間が多く、年間更新で 3 日かかっていた作業もありました。最近では、システムの恩恵もあり、会員の方への発送物の準備や手配も大幅に作業時間が短縮され、 3 時間ほどになっているそうです。
会員番号は退会・再入会を繰り返しても同じ
「会員の中には、転勤、海外赴任やご家庭の事情などの理由から退会される方もいらっしゃいます。そのような方々がいつでも帰って来られる場所を用意しておきたいと考えています。 JAC では、入会時に付与された会員番号は永久にその方に紐付くようにしており、再入会の際には、以前と同じ番号で会員継続できるようにしています。
また JAC には、通算 50 年間会員を継続すると、年会費が無料になる「永年会員制度」があります。 JAC を一旦脱会しても、それまでの履歴は残り、再入会した際にまたカウントが始まります。このような制度があるのも、すべての山好きの方々が、より楽しく豊かに登山や、山での活動を楽しめるようにサポートしたいという想いがあるからです。これが、JAC が長く運営を続けられている秘訣かもしれません。」(永田理事)
創立 120 周年を見すえて。
FileMaker に移行したことにより、大きく改善されたのが、情報の検索性と、統計の機能です。
サポータス社がデータ分析機能を追加したことで、会員の年齢や所在地など、会員の属性に関するデータが抽出できるようになり、以前は諦めていたという会員動向の統計が可能になりました。
「このデータを活用して、 JAC の活動内容の普及や、会員によりよいサービスが提供できるようにしていきたいと考えています。現在は、事務局が全国の会員データを一括管理していますが、今後は支部にも共有し、各支部が運営するコミュニティの活性化に役立てたいという構想があります。」(永田理事)
また、JAC は 5 年後に創立 120 周年を迎えます。記念事業のひとつとして進めているのが、「山岳古道 120 選」で、全国各地の山の古道を調査し、冊子と Web サイト上で発表するというもの。
「集まった古道の数々をデータベース化できたら、当会の会員だけでなく、歴史や文化に興味のある人や登山好きの方々に、新たな山の魅力を知っていただけることにつながるのではないでしょうか。」と永田理事は将来の展望を語ってくれました。(永田理事)
(編集後記)
Claris FileMaker を活用し、約 4,800 にのぼる会員情報や、そのステータスを管理するため、会員管理システムの移行に成功した公益社団法人日本山岳会。どうすれば、会員の活動の役に立てるか、それを一途に考えて日々改良していることが感じられた取材でした。最近では、「ソロキャンプ」という言葉もトレンドになり、一人で登山を楽しむ方も増えている一方で、未組織登山者の事故も増えていますが、山岳会に加入することで山に対する意識が大きく変わり、安全に登山を楽しめるようになったという声も多いそうです。また、山岳会の大きな魅力の一つは、山に登るだけではなく、山をフィールドとする研究者や自然保護活動をしている人、山の職業に従事している人などといった幅広い層の人たちが在籍し、仲間として繋がりが持てることです。5 年後に 120 周年を迎えるという長い歴史を持つ同会ですが、これからも多くの山好きを繋ぎ、登山界や登山者をサポートする重要な存在として活動を続けて行かれることでしょう。