事例

教育現場に根付くローコード開発。複雑な入試システムも内製化

東洋学園大学では、1990 年代に着手した OA 化の当初から Claris FileMaker を採用し、現場の様々な課題解決に活用してきた。その最大の特長は、一般的な Office ソフトと同じように広く現場の職員が利用していることだ。なぜ、そこまで FileMaker を現場に浸透させることができたのか。東洋学園大学 メディアセンター 松本 由美 氏、同大 入試広報センター 岡本 育也 氏、 Claris 認定パートナー 株式会社ジェネコム 代表取締役 高岡 幸生 氏に話を聞いた。

業務処理の検討に重要な DB の概念を学ぶために最適なツール

東京の中心かつ文教の地である文京区本郷で 96 年の歴史を有する東洋学園大学には、グローバル・コミュニケーション学部、人間科学部、現代経営学部の 3 学部 4 学科と大学院現代経営研究科がある。 2016 年 4 月には、 3 学部と大学院が東京・本郷キャンパスに揃う「一体型都心キャンパス」を実現。「時代の変化に応える大学」「国際人を育てる大学」「面倒見のよい大学」の 3 つの理念を掲げ、新たな時代に向け、「英語力」「教養力」「社会力」を身に付けた、「時代に求められる人材」を育成している。

東洋学園大学 キャンパス内の様子

学校のシステムは会計や人事といった法人システムと、入試プロセスや学生の履修・成績などを管理する学務システムに分かれる。同校ではそれぞれ中核となるシステムにパッケージソフトを利用しているが、必要な機能すべてを網羅することはできない。その足りないところの多くを補っているのが、 Claris FileMaker である。例えば、入試のシステムや成績以外の学生情報の管理、新任教職員の各システムに対するアカウント登録・管理などを行なっている。

情報システム部門であるメディアセンターの松本氏は、「学務システムは、学生データ、教員データ、科目データがあり、時間割情報や履修・出欠を管理するというように、複数データを連携させる必要があります。そうなるとスプレッドシートの Excel では処理しきれません。リレーショナルデータベース( RDB )の考え方が必要で、それには FileMaker が適しています。逆に言うと、業務処理を自分たちで考えるときに DB(データベース) の概念が重要で、DB の概念を知るツールとして FileMaker は優れているのです」と語る。

多様なデータを組み合わせて処理や分析を行うため、DB を中心に考えることが文化となっており、既にデータが蓄積されている FileMaker を利用することは、同校にとって自然な選択なのだ。さらに、求められる帳票が多い中、現場の担当者自らが必要な帳票を作成できるといった点が評価され、長年利用されてきた。

松本 由美 氏(東洋学園大学 メディアセンター 課長)

FileMaker が文化として根付き、各部門が様々な課題解決を実践

同校が FileMaker を利用し始めたのは、30 年近く前のことである。事務の OA 化を進める際に FileMaker が採用された。松本氏は、「経緯はわかりませんが、当時端末は Mac を使っていたので、おそらくその親和性の良さで選ばれたのだと思います」と語る。

また、当時を知る高岡氏は、「当時担当されていた先生が FileMaker を取り入れ、初期のシステムづくりをお手伝いしました。入試関連のデータを管理するシステムだったと記憶しています」と語っている。

それ以来、長きにわたり様々な業務で FileMaker を活用してきた。同校で特徴的なのは、 FileMaker が、Office ソフトの Word や Excel と同じように誰もが当たり前のように利用していることである。「長く現場で使ってきたので、当校のスタッフはベテランから若手まで FileMaker を使うことが普通になっています。当初はジェネコムなど外部の方に開発をサポートしてもらっていましたが、現在はアプリをすべて内製しています」(松本氏)

例えば、封書やハガキの宛名を差し込み印刷するような業務は、 Excel で宛名を管理し、 Word の差し込み印刷機能を使うケースが多い。しかし同校では FileMaker を使う。「既に FileMaker 内に 宛名が入力された DB を構築済みなので、自然に FileMaker を選びます。ワープロソフトと同じ感覚で使っています」(松本氏)

現場での活用率も高く、一からアプリケーションを作成できるスタッフも多い。ユーザー部門の岡本氏は、「入試室のメンバーは 9 人ですが、オペレーションは全員ができ、そのうち 4 人がイチから FileMaker でシステムを構築できるスキルを持っています」と言う。

メルマガ配信の画面。以前は発信用のソフトを使用していたが、業務効率を考え現在は FileMaker 内で完結できるようにフローを見直し。学内にはSMTPサーバーを設置している

出願者管理から入学手続きまで網羅する入試システムを自力で構築

近年は FileMaker を利用して、より複雑なシステムにもチャレンジしている。それが約 5 年前から岡本氏が開発に携わってきた入試システムだ。

入試プロセスは非常に複雑である。まず高校データ(調査書等)を含む出願者管理、得点管理、合否判定、入学手続き、学納金、学生番号の付与、入学までに必要な書類の管理などがある。入試種別は多岐に渡り、特に学校推薦型選抜:指定校制では高校の評定値や出席日数などが出願要件となるが、その基準は高校ごとに異なる。

年度毎に高校別志願者数や入学実績などを分析し、翌年度の入学者の比率や推薦を依頼する高校などを選定する必要があり、そのようなデータ分析機能も求められる。

入試情報を入力する基本画面。間違いやすい部分は注釈を入れるなど工夫が凝らされている

この入試システムの中核となる DB は Claris FileMaker Server に保管され、入試に関わる業務に広く活用されている。「私は他の大学に勤務してから転職でここへ来たのですが、以前は Microsoft Access を使っていたので、一から FileMaker を勉強して作りました。DBの考え方はあらかじめわかっていたので、比較的馴染みやすかったです。FileMaker はインターフェースが分かりやすいところを評価しています」(岡本氏)

システムは環境の変化に合わせて改良を続けており、その一つが出願方法だ。以前は郵送による出願が当たり前だったが、近年 Web からの出願が一般的になり、Web 出願システムと連携できるようにした。このようなシステム連携のしやすさも FileMaker の魅力のひとつである。

岡本 育也 氏(東洋学園大学 入試広報センター 課長)

2018 年からは、受験生を一意の番号で管理できるようにした。

岡本氏は、「いわゆる一般選抜では、複数の学部学科を併願するケースもあり、 1 人で複数の受験番号持つことになります。同姓同名も少なからずあり、以前のシステムでは人物の特定が大変でした。そこで、受験生情報と受験番号を別テーブルで持つことで同一人物を一意の番号で管理できるようにし、煩雑な確認作業を不要としました」と説明する。

このように同校では、各部署が必要に応じてメディアセンターのサポートを受けながら、現場レベルで FileMaker を使い、様々な課題解決を実践している。

学生の手続情報を管理する画面。細かく項目分けされており一目で現在の状況を把握することができる

研修や業務の中で DB の概念を伝え、次世代を担う IT 人材を育成

同校ではさらなるデータ活用を行うため、希望する職員を対象に年 1 回、 FileMaker の研修を実施している。この研修を担っているのが、株式会社ジェネコムである。実際に課題のある部門のデータをサンプルに使った研修なども行っており、具体的な課題解決に役立っている。

松本氏は、「外部セミナーでは研修の題材として、販売管理など一般的な企業システムをモデルに進められることがほとんどなのですが、それだと学校の職員にはイメージしにくいのです。その点、ジェネコムは長年、当校のシステムに関わっており、学校業務に詳しい」と評価する。

また、高岡氏は、「研修のテーマを決めていただき、それに合わせてプログラムを組み立てて実施します。以前公式トレーニングブック(FileMaker Master Book)に沿ったセミナーを行ったこともありましたが、やはり学校の業務に沿った研修内容にすることにより効果が上がっていると感じています」と語る。

実際に課題のある部門のデータをサンプルに使った研修なども行っており、具体的な課題解決に役立っている。

高岡 幸生 氏(株式会社ジェネコム 代表取締役)

研修では学生向けのパソコン教室を使い、リモートデスクトップで個人の環境を利用できる。コロナ禍で導入したオンライン授業向けの環境や機材も揃っているため、録画データをオンデマンドで視聴することも可能になった。参加できなかったスタッフが後日視聴するなど、復習も可能に。学校ならではの充実した設備で成果の上がる研修を実現している。

このような研修を実施することによって、「IT 人材を増やしたい」と松本氏は語る。システムがある程度整備されてしまうと、工夫の余地が少なくなりがちで、自ら興味を持たなければスキルアップが難しくなるからだ。

さらに、業務の中でも DB の考え方などをなるべく伝えるようにしている。例えば現在チャットボットシステムを使い始めており、各部署にチャットボットの元となる Q&A の作成を依頼している。「その入力画面を FileMaker で作成し、裏側の仕組みを伝えながら依頼することで理解を深めてもらいたいと考えています」(松本氏)

部署を超えて協働作業を行う際にも、FileMaker を活用。裏側に HTML のタグを入れ、定型文登録もできるようにすることで、作業者は最低限のことを入力するだけ画面に反映することができる

さらに新たな FileMaker の活用方法として、岡本氏は面接の評価をあげる。「現在面接は紙に評価を書き、それを事務職員が入力しています。 FileMaker Go と iPad を使ってその場で先生に入力してもらえば、大幅な効率化が可能です」

入試評価シートの画面。紙からデジタルに移行することで職員の働き方にも大きな変化が生まれたという

東洋学園大学は、日々 FileMaker を活用しながら、研修によってスキルを高め、さらに活用範囲を広げ効率化や業務品質向上につなげている。最後に松本氏は、「 FileMaker によって効率化を進めることで、教職員が学生に対応する時間を増やし、よりきめ細かい学生サポートを行えるようにしたい」と抱負を語った。

東洋学園全体の業務効率化に奔走する岡本氏と松本氏、そして2人の相談役として支える高岡氏。取材の雰囲気からもその信頼感が伝わってきた

【編集後記】

東洋学園大学は、さまざまな IT を活用し、デジタル化を進めている。例えば、教室にはビーコンを設置。スマホアプリがビーコンを検知することで出席ボタンが現れ、ボタンを押すことで出席となる。教員は出欠の確認を行う必要がなくなり、講義に専念できるようになった。さらに、このビーコンを校内の点検業務に活用するという構想もある。 FileMaker Go と iPad やスマホを活用し、その場で入力すれば効率的な記録が可能になる。

一方で学校には未だに紙が多く残る。例えば出願の際高校からもらう「調査書」は紙で提出される。そのため、他の出願情報の受験生とのやり取りをすべてデータ化したとしても、完全なデジタル化はできない。ここは外部環境が変わらなければ対応できないが、世の中は間違いなくデジタル化の方向に向かっている。今回のコロナ禍では、多くの学校が苦しみながらも迅速にオンライン授業に対応したように、一度流れが変われば、すぐに変わる可能性を秘めているのも学校の一面である。校内でできるデジタル対応を進めていくことで、このような流れにもいち早く対応できるはずだ。それによって効率化を進め、授業や学生支援の質を高めることが可能になる。これからの東洋学園大学の取り組みに期待したい。