ローコード開発は、ソースコードの記述を必要最小限にアプリを開発する手法です。「グラフィカル・ユーザー・インターフェース」( GUI ) と呼ばれる視覚的な操作画面を用いて、画面部品やロジック部品を組み合わせて設定することでアプリケーションを開発します。まるで PowerPoint でスライドを作るような操作感でアプリ開発ができるのです。
この開発手法は近年注目され、年々規模を拡大しており、今後も拡大が期待されています。本記事はローコード開発について、支持されている要因と今後の発展について解説します。
2021 年のローコード普及率は 37.7 %
IT・通信分野の市場調査を行う IDC Japan は 2022 年 4 月 21 日、国内のローコード/ノーコードプラットフォームの動向に関する調査結果を発表しました。
参考:2022年 国内ローコード/ノーコードプラットフォーム市場動向:急速な普及の高まりと多様な導入支援
報告によると、国内のローコード/ノーコード開発プラットフォームの普及率は急速に拡大していることが読み取れます。 2020 年 の調査では普及率 8.5 %であったのに対し、2021 年 の調査では 37.7 %にまで増加しました。
アイティクラウド株式会社が運営する ITreview によると、国内でのローコード開発ツールとしては、 Claris の「Claris FileMaker 」をはじめとして、サイボウズ社の「 kintone 」やセールスフォース・ドットコム社の「 Lightning Platform 」、マイクロソフト社の「 PowerApps 」など、 30 種類以上が提供されています。( 参考:ITreview ローコード開発製品比較 )
プログラミング知識が少ない開発未経験のユーザが個々の目的に応じて柔軟にプラットフォームを選択できることが、ローコード開発の導入を後押ししているのです。
2023 年にはローコードの普及率は 60 %に?
本報告の中で、ローコード/ノーコード開発の普及率は 2023 年には 60 %にまで上がると述べられています。
同じく IT ・ネット分野を中心に市場調査を行うミック経済研究所の 2020 年の報告によると、ローコード開発に関する 2023 年の経済規模は 4,560 億円に達すると予想されています。多くの識者や研究機関などが、ローコード開発は 2023 年も変わらずにトレンドであり続けるという予想をしているのです。
なぜローコード開発は支持され続けるのか
急速に普及しているローコード/ノーコード開発ですが、とくにローコード開発の注目が非常に高くなっています。なぜ、ローコード開発はこんなにも支持され、今後も期待が高まっているのでしょうか。
1. 開発期間とコストの短縮への期待
ローコード開発では、プログラミングが必要な部分が最低限となるため、短期間、また臨機応変にアプリ開発ができるという特徴があります。
Claris International Inc. が、米国で実施した調査によると、同じアプリケーション開発をプログラミング言語で行うよりも Claris プラットフォームを使ってローコード開発したほうが開発コストを 1/4 に縮減できると言います。ユーザ自身の過去の業務経験などによるリソースを開発に活用しやすく、ユーザとエンジニアとの間のコミュニケーションコストも最小限にできるからです。
ローコード開発は RAD ( Rapid Application Development )、日本語で「超高速開発」とも呼ばれます。開発期間が短いと人件費などが削減できるため、企業におけるコスト問題の解消効果が期待されているのです。
ではプログラミングの要素がゼロであるノーコードのほうがより有効性が高いのでしょうか?
2. ノーコードはカスタマイズ性や拡張性が低い
ノーコードはローコードと同様に高速な開発が可能ですが、デメリットも大きいのです。ノーコードはカスタマイズ性・拡張性の面でローコードよりも劣ります。それがノーコードと比べローコードが選ばれやすい理由です。
ノーコードはコードをまったく書かない開発手法のため、あらかじめ用意されているパッケージへの依存が大きく、カスタマイズ性や拡張性が低くなってしまいます。特にノーコード開発ツールの多くは、ウェブブラウザ上での操作に特化している場合が多く、オフラインでの利用ができないほか、カメラ・ NFC ・ AI などのモバイルデバイスへの対応にも限度があります。ローコードの場合は、パッケージとして用意されていない部分は、 JavaScript などのプログラミングによって拡張できます。
柔軟性と利便性を併せ持つローコードの方が汎用性が高く、幅広い用途で利用できるのです。
3. 国を挙げた DX 推進により需要が急拡大
2020 年より、経済産業省は「デジタルガバナンス・コード」を策定し、企業の DX 推進を後押ししています。デジタルガバナンス・コードとは企業の DX に関する自主的取り組みを促すため、デジタル技術を使った社会や企業の変革のために、経営者に求められる対応をまとめたものです。
国が DX 推進を急ぐ背景には「 2025 年の崖」の問題があります。 2025 年の崖とは、古くなったレガシーシステムの保守・管理コストや IT 人材の不足によって、年間 12 兆円の経済損失が発生するという予測です。DX 推進による企業の変革は喫緊の課題と言えるでしょう。
経済産業省の DX 推進指標で示すとおり、いま「ビジョン実現の基盤としての IT システムの構築」が求められています。特に、 IT システムに求められる要素として、「データ活用」・「スピード・アジリティ」・「全体最適」が挙げられています。変化の激しい社会醸成のなかでこれらの条件を満たすには、人海戦術で対応するのではなく、プラットフォームそのものを見直す必要があると言えるでしょう。
ローコードは、専門的な知識を持っていない非エンジニアでも扱えるため、ユーザ主体でアプリケーションを開発できます。不足している DX 人材を補う手段の 1 つとして期待されているのです。
ローコードはどのように社会を変えるか?
さまざまな要因から注目の高まっているローコード開発ですが、これが一般的になった際にどのように社会が変わっていくのでしょうか。
予期されている変化について 3 つの視点から考察します。
1. アプリの内製化で業務が効率化する
ローコード開発が企業内に浸透すれば、 IT 専門の企業でなくても内製でアプリ開発ができるようになります。
たとえば社内で行われている業務の効率化や自動化などを考える際、従来は外部の IT 企業へ外注する必要がありました。ベンダーに開発委託する場合、開発期間や打ち合わせの時間的コストが大きく、現場レベルの細やかな機能改善や、気軽な実装検証は困難です。さらに一旦納品された後の改修も都度見積もりや確認作業で多くの手間とコストが必要になります。
ローコード開発であれば、ちょっとした業務効率化を目指した機能拡張や集計の自動化、メールの自動送信など、現場のニーズごとに機能を追加できるので、内製による迅速な業務効率化が可能になります。限られた開発期間内に「ユーザにテストを促し、その使用感をヒアリングして改善する」というサイクルを何度も繰り返せるので、従来よりも安定した満足度の高いシステムを開発することが可能になり、今後は IT 企業へのアウトソーシングに頼らず、内製でアプリを開発する非 IT 企業が増えると考えられます。
1 つの事例として 旭有機材株式会社(証券コード 4216 )の延岡製造所における iPad 端末を用いた業務のデジタル化について( DX 推進活動)が、まさに
とも言えるでしょう。
2. DX が加速する
ローコード開発によって内製でのアプリ開発が可能になれば、日々のちょっとした業務の効率化などに活かすことも容易になります。
非エンジニアの社員でもアプリ開発が可能になるため、管理部門などのバックオフィス系職種を中心に DXが加速するでしょう。バックオフィスでは、これまでパッケージ販売されているシステムを導入することが一般的でした。自社固有の業務については表計算ソフトをベースにした属人性の高い運用をしていることが多く、教育や引き継ぎなど時間的なコストが課題となっています。
ローコード開発ツールによって、非 IT 企業であってもユーザ企業側にもアプリ開発の文化が生まれ、小規模なアプリの開発が促進されれば、より柔軟な業務効率化が可能になり、表計算ソフトや複数の伝票処理から開放されます。その分、空いた時間の有効活用が見込まれ、 DX への取り組みが加速がします。
参考事例として 岩手県の温泉リゾート山人-yamado- を紹介します。こちらのリゾートでは自社のアプリ開発により、宿泊・ホテル業のバックオフィスの煩雑さから開放されました。業務の作業工数を大きく圧縮できただけでなく、それによって生まれた時間を、お客様の対応や、サービスの品質のさらなる向上につなげ、 DX を実現した好例といえます。
3. 働き方の多様化が加速する
アプリ開発の内製化によって企業内の DX が促進されれば、これまで紙ベースで行われていた業務がペーパーレス化されます。コロナ禍においてもワーケーションやハイブリッドワークなどの柔軟な働き方が普及すると思われましたが、それを阻む商習慣がありました。それが押印などの紙ベースの業務です。
紙を扱う業務はどうしてもオンラインで完結できず、出社が必要になります。リモートワークと相性が良いと思われていたバックオフィスの職種でも、完全リモートワークを実現した企業は少ないのが現状です。さらに紙の場合には、保管コストが発生しますし、電子化されていないためデータの 2 次利用には限界が生じます。
ただ、紙をスキャンし PDF 化して電子保存すれば問題を解決できるというわけではありません。
2 次利用を情報共有、検索集計という視点で考えれば、小規模なグループの書類やフォルダの存在を知っている人達だけによる情報共有しかできないということにも繋がります。
押印の目的が、承認や稟議の場合には、決裁までの日数にタイムロスが発生することもあります。誰かのところで情報や書類が滞留してしまい、決裁が翌月の役員会まで保留される事態になった、ということはないでしょうか?
ローコード開発によってアプリの内製化が進み、バックオフィスの DX が加速すれば、行き着く先はワークフローの自動化です。承認や稟議などのワークフローが自動化されれば、ワーケーション、ハイブリッドワークといった多様な働き方が促進されると期待されます。
アプリ開発の内製化と、 iPhone や iPad などのモバイルアプリの活用で DX を促進する文化が形成されれば、効率化のネックとなっていた紙による商習慣も自然になくなっていくでしょう。
働き方改革とペーパーレスをアプリで実現した例としては、芸能事務所 株式会社ホリプロ における iPhone と iPad を活用した事例が好例といえます。
アプリ内製化を阻む最大の壁
アプリ内製化を阻む要素に次のような 3 つの項目が挙げられます。
1. レガシーから脱却しない圧力
これは、レガシーシステムの維持によって現在のポジションを維持している社内外の人ともいえるでしょう。解決方法としては、ローコード開発ツール導入を急ぐのではなく、ローコード開発に順応できる社内人材の選抜を急ぐべきでしょう。
2. 抜本的改革を必要としない圧力
赤字企業であれば、社員も改革を必要として理解を得られますが、黒字企業では抜本的な改革は敬遠されがちです。解決方法としては、ローコード開発ツールで小さな成功をコツコツ積み重ねることです。現状を良くしたいという社員を集めて、まずはローコード開発の勉強会からスタートすることも一案でしょう。
3. 管理できないアプリを排除したい圧力
情報システム部門のなかには、ローコード開発ツールを「シャドー IT 」と見なして許可しない組織文化もあります。現状を変えたい現場と、把握しづらい現場のニーズを管理したくない情報システム部門との対立が生み出されることもあります。解決方法としては、入力されるデータタイプを5段階*に分類し、セキュリティ基準と運用管理手法を明確にしたうえで、 VPN や SSO (シングルサインオン)などを用いてアクセス制御を行うことで、現場で開発するアプリの責任分界点を設けることが必要です。
*データタイプ5段階分類
- Tier 0 : 内製アプリへの保存禁止 例: CVV (カードセキュリティコード)、クレジットカードのトラックデータ、デビットカードの PIN など
- Tier 1 : 機密性が高い情報 例: SSN (社会保障番号)、銀行口座番号、生体情報、健康情報など
- Tier 2 : 機密情報 例:生年月日、電子メールアドレス、電話番号、その他の個人情報、プロジェクト文書など
- Tier 3 : 内部情報 例:従業員 ID、取引データ、デバイスの識別情報
- Tier 4 : 公共情報 例: 情報開示ファイル、一般公開情報、ウェブ検索可能情報
アプリ開発を内製化するにあたり「失敗しないように周到に準備をして石橋を叩きながら渡れ」というのであれば、企業にとって何もしないことが一番だと考える人もいるかもしれません。しかし本来ならば躍動しているはずの現場に停滞感を与え、思考を止めた企業はいずれ淘汰される運命にあることは歴史が物語っています。できないことを並べるよりも、できることから始める。「小さく生んで大きく育てる」を大切にすることは、アプリ内製化の壁を取り払うきっかけになります。
まとめ
ローコード開発は、非 IT 系の一般社員レベルでも柔軟にアプリを開発できる手法です。
ローコード開発プラットフォームは目覚ましい速度で普及しており、何年にもわたり機能強化が図られて進化し続けています。 IT エンジニア不足を追い風に、ローコード開発は将来的にも拡大傾向が続くだろうと予想されています。その理由は、社会情勢が目まぐるしく変化するなかでより柔軟に課題を解決するために、アプリケーションの民主化が必要だからです。
【編集後記】
1980 年代、オフコンが企業の基幹業務システムとして導入され、社員がワープロを使っていた時代に組織で働いていた方々にとっては、社員に一人 1 台のコンピュータが割り当てられることは夢の世界だったと思います。 2007 年に初代 iPhone が発表されましたが、多くの社員がいわゆるガラケーと呼ばれたフィーチャー・フォンを利用していた時代、業務の多くをモバイルデバイスで外出先から完了させることは夢の世界だったと思います。 2023 年、社内の一部の社員がプログラミング知識を習得しアプリ開発をしている時代、一般社員のほとんどが自分の仕事をローコード開発ツールで次々に自動化して誰もがアプリ開発者になっていることは夢の世界だと思います。 2030 年、生き残っている企業で働く人の多くは、きっとアプリ開発者になっていることでしょう。現在もしあなたが経営者に近いポジションに置かれているのであれば、ローコード開発に順応できる社内人材の選抜を急ぐべきではないでしょうか?