事例

不動産業務も、自社独自のサービスも。システム内製が生み出す次の一手

目次

  1. 業容拡大に伴って社内で始めた顧客・物件管理に課題
  2. 膨大な写真データを高速処理するためのバージョンアップ
  3. 業務の自動化により効率的で確度の高い営業活動を実現
  4. 不動産DXで生み出された不動産適正価格推定システム Value Meter®️
  5. 顧客管理システムとマーケティングオートメーション
  6. 自社開発とパートナー開発を組み合わせたハイブリッドで最適なシステムを目指す

1. 業容拡大に伴って社内で始めた顧客・物件管理に課題

株式会社ウィル(兵庫県宝塚市)は、マンション・戸建て住宅の仲介や新築の分譲を行う総合不動産企業である。本社は兵庫県宝塚市にあり関西を中心に事業を展開しているが、名古屋に 6 店舗、東京に 5 店舗と、現在全国に 23 店舗( 2024 年 7 月現在)を構えている。そのビジネスの特徴は、不動産の売買からリフォーム、ローンや火災保険の手続きなどまで、トータルで顧客を支援するワンストップサービスにある。

渡瀬 小百合 氏(株式会社ウィル 経営戦略グループ 経営戦略第 5 チーム チーフ)

同社 経営戦略グループ 渡瀬 小百合氏は、「当社はお客様の情報を共有して、どの店舗でもお客様の状況を理解したきめ細やかなサービスを提供することができます」と語る。

この情報共有を支えているのが、Claris FileMaker で開発した物件・顧客情報の管理システムだ。同社がシステム構築に取り組み始めたのは 1990 年代。当時営業所長であった同社デジタルマーケティンググループ 部長 室 薫氏は、その理由を「当時、若手の最初の仕事はお客様アンケートでいただいた電話番号に 1 件ずつ電話をかけることでした。なかにはクレームになったり、既に他社で購入されたという回答もあったなど、過去の接客記録がほとんどなく、営業活動をやってもらうには忍びない仕事でした。営業活動のデータを記録して、その履歴を見ながら電話ができれば、成果も若手のモチベーションも上がると考えました」と語る。

その構築ツールとして室氏が選んだのが、Mac と Claris FileMaker であった。

室 薫 氏(株式会社ウィル デジタルマーケティンググループ 部長)

まずは各営業所内で顧客マスタを作成し、その後物件管理マスタにも着手。営業所数が増えていくと、今度はデータの全社共有が課題となった。90年代当時は、一定間隔で店舗ごとに CD-R に焼き、それを交換してデータを共有していた。会社の成長に伴って、利用人数やデータも拡大していき、これまでのように自社でシステムを設計し拡張し続けることが困難になってきたことから、FileMaker の知見が豊富な協力会社を探し始めた。

2. 膨大な写真データを高速処理するためのバージョンアップ

そして出会ったのが、大阪市に本社を構える株式会社ジュッポーワークス(以下 Juppo)である。同社のモットーは「心はアナログ、仕事はデジタル」だ。デジタル技術に加え、創造力や企画力といった人間力をもって、顧客の課題解決に取り組んでいる。Juppo をパートナーに選定した理由を室氏は、「企業規模や仕事のスタンスに共感を覚え、お願いしました」と語る。そして 2006 年、両社による新たな挑戦が始まった。FileMaker Server をインストールし、各店舗で共有。FileMaker の Web 公開機能を利用した自社サイトを構築。ウィルの扱うデータには、建物の外観や室内、周囲の駅や学校といった生活施設などの写真ファイルが膨大にあり、それらを Web サイトからのアクセスを改善するため、SQL ベースのデータベースと連携し、FileMaker Server と Web Server を切り離す提案がなされた。

また、FileMaker Pro バージョン 12 で改めて FileMaker プラットフォームの機能改善が行われた際には、これにあわせてシステムの大幅なリニューアルを行った。現在開発を担当する同社 人材開発グループ システムチーム 田村 洋子氏は、「以前は画像を FileMaker の オブジェクトフィールドに直接保存してました。そのため登録画像数が増えるとファイル容量が肥大化し、バックアップが一晩では終わらないほど長時間に及んだり、検索や表示に時間がかかることもありました。バージョン 12 以降では写真を外部保存できるようになったことで、バックアップ時間の短縮、検索等の操作性が向上しました」と語る。現在、物件の外観と室内写真など 140 万件以上の画像データをハンドリングしている。

3. 業務の自動化により効率的で確度の高い営業活動を実現

ウィルの物件管理システムでは、FileMaker で物件の登録や管理の業務フローを自動化し、顧客の知りたい詳細な情報を迅速に提供できるようにしている。例えば新規物件の登録では、マンションの築年数や外観写真などの棟情報、近隣の生活施設などの町情報がそれぞれデータベースにあり、そこから必要な情報を自動的に収集し基本情報を作成する。また緯度・経度の情報を登録すると、周辺施設と物件との距離を自動作成できる。室氏は、「以前は地図ソフトで 1 つずつ距離を測って入力していたので、大幅に効率化できました」とバージョンアップのメリットを語る。さらに物件のアピールポイントを含む文章も、物件情報から自動生成できるようになった。さらに、物件の築年数やリフォーム内容から想定されるリフォーム金額の自動算定も可能だ。

物件管理の画面。「売出物件」「成約物件」「マンションリスト」のボタンが設置されている

4. 不動産DXで生み出された不動産適正価格推定システム Value Meter®️

同社が蓄積した 26 万件以上のデータと、FileMaker による自動算定機能を利用して同社が行っているサービスが、不動産適正価格推定システム「 Value Meter®️(バリューメーター)」だ。これは、物件の売り出し価格が相場と比較して高いか安いかを判定するサービスだ。

「不動産価格は言い値です。売主は査定してもらっているので適正かどうか知っていますが、買い手にはわかりません。これは情報の不平等であると考え、物件情報に適正価格を添えて比較できるようにしています」(室氏)。

社内のFileMaker システムと 外部のWeb 連携については、FileMaker から 更新データを CSV に吐き出し Webシステムに取り込むという業務フローをFileMaker スクリプトで自動化し、更新の手間を減らしながら最新の情報をいち早く提供できるようにしている。この運用について同社 デジタルマーケティンググループ 課長 海野 芳余 氏は、「約 50 テーブルの膨大なデータを、スケジュールに従って更新しています。新着物件や売値の変更などすぐにサイトに反映したいデータは 1 日に数回、情報があまり変わらない生活施設は変更時のみ更新しています。Web 画面に表示する項目を追加したい場合は、FileMaker にフィールドを追加しています。割と頻繁に修正しますが、あまり時間をかけずスマートに修正ができています」とローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker の魅力を説明する。

海野 芳余 氏(株式会社ウィル デジタルマーケティンググループ 課長、ウェブプログラマー、ウェブディレクター)

5. 顧客管理システムとマーケティングオートメーション

顧客管理システムは、顧客情報の管理と希望条件に合わせた物件の提示が主な機能だ。例えば顧客が希望条件を入力すると、条件にマッチする新着物件をメールや LINE で送信。営業担当がおすすめ物件を選ぶだけで、案内メールを自動生成して送信することができる。あらかじめ設計したシナリオに合わせて自動的にメールや LINE を送信するマーケティングオートメーションの機能も実装した。

その他、さまざまな営業活動の履歴を蓄積。顧客の詳細画面には、不動産売買・リフォーム・住宅ローンなど、それぞれの商談の履歴がまとめて表示される。全情報を俯瞰できるので、担当者が変わったとしても適切に対応ができ、ワンストップサービスの提供につながる。

顧客管理画面のメインメニュー

6. 自社開発とパートナー開発を組み合わせたハイブリッドで最適なシステムを目指す

現在も開発は内製開発と Juppo 双方で行っている。その切り分けを田村氏は、「簡単なものは社内で開発していますが、LINE 連携のような新しい技術が必要なものや、マーケティングオートメーションのような複雑な仕組みは Juppo 様にお願いしています」と説明する。

田村氏はシステム担当になるまでプログラミングの経験がなかったものの、FileMaker をゼロから学び業務システムを開発できるまでになった。FileMaker について田村氏は、「素人からでも、ここまでできるようになりました。8 割は Juppo 様に教えてもらったり、既成のデータベースにあるプログラムを読み解き作り変えたりして、学習しました。既成のデータベースを参考にすることは、動作を確認しながらスクリプトを学べるため、わかりやすいのです。残りの 2 割は、無料セミナーや書籍で学びました」と語る。

FileMaker について、Web 制作の担当をしている海野氏は、「プログラミングの経験がなくても、ある程度のシステムをスピーディーに開発できます。しかも、Web と違って自分たちの使いやすいレイアウトを自由自在に作成できるところが気に入っています」と語る。

FileMaker に蓄積されたデータは、解析ソフトなどを活用し、経営情報の分析にも活用している。渡瀬氏は、「様々なデータを取得できるようになったので、新たに分析担当者を置き、経営に生かせるようになりました」と語る。

最後に室氏は、「現在さまざまな既製の営業支援(SFA)や顧客管理(CRM)ツールがありますが、それらを使う限り他社との差別化は難しい。それぞれの会社の理念に基づいたサービスを提供するには、独自のシステムが必要で、それを実現するツールとして FileMaker は良い選択だと思っています」と語った。

【編集後記】

ウィルの Web サイトは、全国の不動産会社のなかでも上位のアクセス数を誇る。そのため他の不動産会社から Juppo へ、「ウィルさんのような システムを作ってほしい」との依頼があるという。その度に Juppo 中川氏は、「ウィル様のシステムは内部の人たちの人間力が形になったものなので、同じシステムを入れたからといって同じようにできるわけではありません」と説明する。まさに自社の理念に基づいたサービスは何かを突き詰め、内製化で DX人材を育てながら、不動産 DX を実現する取り組みを継続した成果なのだろう。終わりのない改善が続くウィルの今後が楽しみだ。