目次
- 伝統技術を受け継ぐ京都の染め物工場
- 属人化した受注フローが成長の壁に
- 古い Windows から Mac へ
- FileMaker アプリの段階導入で着実な業務改善へ
- 導入後の効果は、想像以上のものだった
- 残業削減して定時帰宅。しかも売上は向上
- FileMaker だからこそ開発中断も決定できた
- 中断していた開発プロジェクトを再始動し、売上アップを達成
- さらなる進化を目指して
1. 伝統技術を受け継ぐ京都の染め物工場
京都市に本社を構える染色工場、株式会社西田惣染工場は、1933 年(昭和 8 年)の創業以来、京都の地で質の高い染め物を提供し続けてきた。現在の代表取締役社長である西田 明子 氏が 3 代目となる。
京都の染め物屋というと、多くの人は着物を連想するかもしれない。しかし、西田惣染工場は、国旗、社旗、のれんなど生地の表裏、両面きれいに染め上げられる印染(しるしぞめ)技術を得意とし、製品の品質を管理する上で染色から縫製まで可能な限り自社で行い、 顧客の細かいオーダーや、小ロット加工に対応する。創業当初から法人向けの製作をメインとしてきたという意味で、他社とは一線を画す存在感を示してきた。
主な顧客は、寿司店や蕎麦店などの食事処のほか、神社仏閣、学校、企業まで多岐にわたる。とくに旗やのぼり、のれんの製作には定評があり、売上全体の約 9 割を占めるという。2020 年に日本・東京で開催された国際的スポーツイベントでは国旗の製作に携わるなど、その技術は世界からも高い評価を受けている。
西田惣染工場の強みは、デザインから染め加工、仕上げまでを一気通貫で行える体制を整えているところ。基本的にすべての製品がオーダーメードで、 1 点からでも受注可能な多品種小ロット生産を特長としている。
染め物は、使用する生地や染色方法によって、仕上がったときの風合いが大きく異なる。旗、のれんなど、製品の種類によって最適な生地、染色方法、仕上げ方法は千差万別だ。そのため、営業担当者は単に既製品を受注するだけではなく、顧客の業態や用途に合わせて最適な提案をすることも重要な任務だ。
2. 属人化した受注フローが成長の壁に
しかし、こうした柔軟な対応力は、時として経営効率化を阻む要因となっていた。オーダーメード製品が中心であるため、定価を設定することが難しく、注文を受けるたびに見積りを提出する必要があった。
とくに同社を悩ませていたのは、見積書が社内で統一されておらず営業担当者によってばらばらだったことである。あるときは手書きのメモという場合もあり、各自で違う見積書を読解する作業が、引き継ぐ事務員や職人の手を煩わせていた。また営業担当においても、見積りの共有データがないことは負担となっていた。ベテランの営業担当は長年の経験から適切な提案ができるが、新人は参考となる情報がデータとして残っておらず、判断に迷うことも多かった。入力作業に時間がかかり、繁忙期にはマンパワーの限界が露呈していた。
3. 古い Windows から Mac へ
転機が訪れたのは 2017 年頃。きっかけは、古い Windows OS で稼働していた製版システムの更新だった。西田氏は当時を次のように振り返る。
「当時、私たちは Windows のみを使っていましたが、 OS を新しく載せ替えるというタイミングになって、製版用の業務システムが使えなくなると言われました。でも、OS はどうしても更新しなければならない。そんな板挟みの状況で困っていたとき、たまたま来てくださっていたのが、株式会社 Too さんです」
Too は、プリンタやデザインソフトなどクリエイティブ関連の製品全般を扱う商社である。元々、画材などの卸売りを手がける企業だったが、時代の変化とともにデザイン関連の IT ツール販売も手がけるようになっていた。特に Apple 製品の販売に強みを持っており、 Mac でも業務ソフトウェアが開発できる Claris FileMaker を使って社内システムを内製開発していたことから、顧客向けにもシステム構築や販売も手がけるようになった。
先代である西田氏の父が、展示会で知り合ったという Too に声をかけたことが、西田惣染工場にとって大きな転機となった。
「当時の担当者に相談したところ提案してくださったのが、 Mac の OS 中に Windows の仮想環境を作り、そこで旧システムを運用するという案でした。これで問題が解消されると、まさに目から鱗の瞬間でした」と西田氏はそのときの衝撃を語る。
さらに、FileMaker を導入することで多くのメリットが生まれたと西田氏は続ける。
「FileMaker という名前は以前から耳にしていましたし、実際、取引先でも使っている企業がありました。導入によって、データを効率的にに見られるようになるのではないかという期待もありました」(西田氏)
4. FileMaker アプリの段階導入で着実な業務改善へ
西田惣染工場が FileMaker 導入に踏み切った最大の理由は、営業部門の業務改善である。手書きの伝票や個人のメモやノートに頼っていた業務を、販売管理システムで一元管理することで、業務効率の向上を目指した。具体的には、見積り作成、受注処理、作業指示、納品までの一連の流れを、一貫したシステムで管理することを目標とした。
開発プロセスでは、現場の声を最大限に生かすアジャイル開発にこだわった。まず、 Too がプロトタイプ画面を作成し、それを見ながら営業担当者とともにレビューを繰り返す。実際の業務フローに沿ったシステムづくりを心がけた。
「システムを使う社員全員が、要望や率直な意見をちゃんと伝えてくれました。存分にみんなの意見が凝縮されたものとして、今のソフトは出来上がっています」(西田氏)
システムの設計では、特に使いやすさを重視したという。デザインや視認性の良さはもちろん、 PC の操作に不慣れな職人でも直感的に操作できるインターフェースを目指した。
導入時の教育にも力を入れた。特に、長年手書きに慣れていたベテラン社員への配慮は欠かさなかった。 Too の開発チームの協力も得ながら、段階的なトレーニングプログラムを実施したため、社内からの反発や戸惑いはまったくなかったという。
5. 導入後の効果は、想像以上のものだった
FileMaker 導入によって見積書、受注伝票、加工伝票、納品書、請求書など書類一式が一括で作成できるようになり、書類作成の時間が大幅に短縮。これまで営業担当者ごとにバラバラだった見積書のフォーマットも統一され、見読性、保存性が向上した。さらに、各種伝票や納品書、請求書の作成も簡単かつスピーディーになった。
「これまでは電卓をたたきながら手動で見積り計算をしていましたが、導入後は電卓を使わずに自動計算されるし、履歴も残る。社員からは『見積りがとても楽になった』と評判がとても良いです」と西田氏は讃える。
特に大きな変化があったのは、懸案だったデータ入力の効率化だ。FileMaker は複数人が同時入力できるため、これまで 1 人に集中していた入力作業を、営業担当 5 人で分担できるようになったのだ。
「以前は入力担当者が休むと入力ができず、業務が滞ることもありましたが、今はそんな心配もなくなりました」(西田氏)
6. 残業削減して定時帰宅。しかも売上は向上
FileMaker 導入後は、属人化していた見積りや受注の情報を、誰もが閲覧・更新できるようになったことで、部門間の連携がスムーズになった。例えば、営業担当者が外出先から受注情報を入力すれば、工場では即座に作業の準備に取り掛かれるようになり、リードタイムの短縮にもつながっている。こうした業務効率化の成果は、具体的な数字となって表れている。
「以前は 8 時過ぎまで残業していた社員も、今では定時で帰れるようになりました。今となっては、残業していた時代が信じられません。事務処理の生産性は 1.5 倍くらいに向上したうえに、売り上げも上がっています」と西田氏は胸を張る。
旧システムからの移行に関しては、顧客情報などのマスターデータのみを移行する最小限のアプローチを採用。ただし、過去案件を参照できる仕組みは残し、過去の受注履歴の検索や進捗管理がしやすい環境を整えた。
7. FileMaker だからこそ開発中断も決定できた
しかし、順風満帆に見えた導入過程にも問題はあったという。一時期、多品種・小ロット生産にもかかわらず「見積り自動化」へこだわるあまり、開発が停滞した時期もあった。 Too の田畑氏は当時のことをこう振り返る。
「開発はどんどん進めていたものの、実運用には至らない時期が約 1 年ほどありました。社長としてはせっかくやるなら未完成の部分を解決したいという思いが強くあったので開発を中断しました」
西田氏も当時のことを次のように語る。「工場では、 1 枚 1 枚染める商品もあれば量産する商品もあります。受注内容によって染色方法が違ううえ、商品をまとめて洗う作業も発生します。多様な工程をどう整理し入力すればいいのか悩んでしまい、要件がうまく定義できないという壁にぶつかってしまいました」
(補足説明)通常、ウォーターフォールモデルでの開発では、まず要件定義を行い、その後、基本設計、詳細設計、そしてプログラム開発へと順序立てて進めていく。この方法では、初期段階で要件や仕様をすべて確定するため、開発の途中で要件や仕様を変更することが難しく、場合によっては根本的な仕様変更が必要となる。その結果、開発会社にとっては大きなコスト増となり、ユーザ企業にとっては大きな負担増になる。または追加負担を避けたことにより、現場での運用レベルに満たない中途半端なシステムが完成してしまうケースが多く見られる。FileMaker プラットフォームでのアジャイル開発はコンセプトが異なるため、ユーザ企業側の仕様変更は受け入れやすい。
8. 中断していた開発プロジェクトを再始動し、売上アップを達成
転機となったのは、 2020 年の新型コロナウイルス感染症流行による依頼の減少である。廃業に追い込まれる同業他社も出るほど危機的状況のなか、西田氏は大きな決断を下す。それまでこだわっていた「見積り自動化」の実装は一時中断し、段階的導入へと方針を転換した。これはコロナ後の需要回復を見据えての判断だった。
こうして、 2022 年、一時的に止まっていた FileMaker の開発プロジェクトが再びスタートする。月 1 〜 2 回の打ち合わせを重ねながら急ピッチで進められ、2023 年についに正式ローンチを迎えた。 FileMaker との出会いから約 6 年、ようやく完成した販売管理システムは、コロナが終息するにつれ、思いもよらぬ成果をもたらした。
「 FileMaker により、これまで誰かに依存しないと処理ができないという制約がなくなり、これまで以上に注文を取り込めるようになったんです。コロナで同業他社も苦しいなか、生き残る手がかりとなりました」と西田氏は振り返る。
実際、西田惣染工場の売り上げは 2021 年に 3 割ダウンしたものの、 2023 年にはコロナ前まで回復。 2024 年はさらに売上 1 割アップを見込むまでに回復している。営業のデジタル化が、歴史ある染色工場を救っただけでなく、さらなる成長への足がかりとなった。
9. さらなる進化を目指して
FileMaker を導入後、今では従業員からボトムアップの提案も出はじめている。例えば、生地の在庫管理への活用だ。
「私たち染め物屋は、ちょっとした流行で需要が大きく変化する業界です。建設会社さんのように何年か先の受注まで予測することができません。生地を入荷したり、使用したりというプロセスが頻繁に発生するため、柔軟な在庫対応力が求められます」(西田氏)
在庫している生地の種類は 90 種にも及び、ポリエステルを中心に、綿、麻、アクリルなど多岐にわたる。予測が難しい生地の在庫状況も、リアルタイムに可視化できれば、さらに受注スピードは向上する。
「天然繊維で染色できるデザインのバリエーションというのはそんなに多くはありません。一方、ポリエステルなどの化学繊維は、フルカラーのプリントができる染め方があります。当社においては、いろんなニーズに対応するための素材として、主にポリエステルを使っております。老舗のお茶屋さんからカジュアルな販売店まで、お客さまが求めるものによって、少しずつ提案の要素を変えています」(西田氏)
現在、 FileMaker で管理しているデータは、見積受注、制作指示、納品請求、各種売上集計、生地発注、生地在庫など。工場ではまだ一部のデータを表計算ソフトで管理している部分も残るため、今後はそれらのデータも FileMaker に取り込み、進捗管理など工場の効率化に活用していく計画だ。歴史ある西田惣染工場が、さらに一歩先をゆく DX 工場としてどのように染まっていくのか今後の展開に期待したい。
【編集後記】
西田惣染工場は、不易流行の精神と温故知新の心構えを持つ企業だ。伝統を大切にしつつ、時代に合わせてさまざまなニーズに応えることは、昔ながらの商品を提供する染め物屋が生き残るための指針でもある。同社が踏み出したシステムの導入にあたって、その精神性と FileMaker での開発がマッチしたことは当然と言えば当然なのかもしれない。
システムを導入する際、システムに合わせて現場の業務フローを変更する組織も多いが、今回のように、現場の流儀にシステムが徹底的に合わせていく FileMaker ならではの開発方法は、伝統の技法を守りつつ、新しい技術も取り入れていく老舗工場の精神を体現し、うまく作用した好事例と言える。 現場の意見を聞きながらローコードとアジャイル開発で作られた FileMaker のカスタム App は使い勝手もよく、スタッフに愛されるシステムになっているのはとても喜ばしいことだ。